6月20日(土)の全校講堂朝会の感想を紹介しています。
生徒たちは、学園の歌のそれぞれに思い入れがあります。
「学園の『歌』を歌い継ぐ」第2回は、生徒たちの好きな学園の歌、講堂朝会で印象に残った歌について、感想をご紹介します。生徒それぞれの素敵な「物語」とともに。
校歌「我らの母校」

私が今日素敵だなと思った歌があります。それは「校歌」です。西遠の校歌は小学校の頃や他の学校の校歌と全然違い、勇ましい曲ではありません。なんでだろうと少し気になっていたのですが、今日、「卒業したあとに母校を思い出して歌えるような叙情的な曲にしたかった」と聞き、ふと思いました。西遠に入学する前、校歌の楽譜を貰ったとき母に「え?この曲子守唄じゃないの?」と聞きました。幼稚園くらいの頃から子守唄で寝るときにこの校歌を母が歌ってくれていたのです。なので、この曲は子守唄なのだと思っていました。それくらい校歌は卒業生の心に残っていつでも口ずさみたくなるような曲なんだなと思い、西遠の校歌ってすごいなと思いました。(中学2年生)
西遠の校歌は他の学校と比べると少し寂しい感じがするなと感じていました。しかし、校歌には卒業しても西遠での日々を思い出せるようにという意味が込められているのだと知り、すてきな校歌だなと感じました。また、「忘るるなかれ 若き日を」という歌詞からも西遠で過ごした情熱や初心、青春の日々を忘れてはいけないと言っているのかなと感じました。私の母も、私が小学生のころ西遠の校歌を歌っていて「それなんのうた?」と私が聞いたら「西遠の校歌だよ」と教えてくれました。母は小学生の私が西遠の校歌や「岡本富郎先生に讃える歌」を覚えるくらいしょっちゅう歌っていました。今回の講堂朝会で母は自分が学生だった頃を懐かしんで歌っていたのかなと感じました。私が西遠を卒業して大人になった頃、自分がこの歌を歌う時どんなことを考えて歌っているのかが楽しみです。(中学2年生)
校歌は確かに小学校、中学校と比べると感傷的で素敵な曲だと感じました。作られたのが友情がもとになっており、更に歌詞への理解が深まったと感じ、嬉しく思います。もう一つ、講堂の横幕を寄贈してくださった卒業生のお話も聞き、その方が西遠での学園生活がとてもかけがえのない存在だったのだと感じ、横幕以外にも、学園のすべてのもをこれからも大切に残していこうと思いました。私は今回の集会で、歌を大切にしていきたいと思えるようになりました。(高校1年生)
特に印象に残ったのは、校歌「我らの母校」が生まれたエピソードです。岡本富郎先生と親友の安部忠三さんが、天竜川のほとりで一晩のうちに書き上げたというお話を聞いて、二人の熱い友情のエネルギーがそのまま今の校歌に宿っているように感じました。(高校1年生)
校歌は、岡本富郎先生の友人であった安部忠三さんが、天竜川で夜空を見上げていたときに思いついた詞だということを知ったあとにもう一度歌詞をすべて読んでみると、安部さんがその時見ていた景色を想像することができました。特に2番の「天龍の 川すぢ遠く 果てしなく」という歌詞が本当にそのままで素敵だなと思いました。今までは他の学校にはないような、静かな校歌だなと思って歌っていましたが、この校歌ができた背景を知ると、歴史のある、美しい歌だなと感じました。(高校2年生)
校歌についてのエピソードの中で、卒業後も家事をしながら口ずさめるような歌にしたいという思いが込められていたことを知り、とても素敵だと思いました。私の母もこの学園の卒業生です。私が小さい頃、母が家で学園の歌を口ずさんでいることがありました。当時はなぜ学校の歌を家で歌うのだろうと不思議に思っていましたが今回のお話を聞いて、卒業してもなお歌いたくなるほど、学園で過ごした時間や仲間との思い出が大切なものとして心に残っているのだと感じました。(高校3年生)
特に印象に残ったのは、校歌「我らの母校」の誕生秘話です。天竜川の土堤の草の上に腹ばいになって詩を書き留めたという安部忠三先生の姿や、それを「親友の友情をとこしえに残したい」と考え校歌に採用した富郎先生の友情の深さに胸が熱くなりました。「台所で立ち働きながらでも口ずさめるように」という言葉の通り、西遠の歌はどれも私たちの日常に寄り添い、孤独なときにも心を温めてくれる力を秘めているのだと、改めてその魅力に気づかされました。(高校3年生)
「力の限り」 ~九条武子の短歌をもとに~


講堂朝会の最後に歌う「力の限り」からは、「自分の力を全部出し切って、輝く人生を送ってほしい」という、岡本富郎先生からの温かいメッセージが今も聴こえてくるようです。今回のお話を聞いて学園の歌を歌う時間が、とても特別な時間に感じられるようになりました。いつもなんとなく歌っていたこともあるのでこれからは先人立ちが考えたすばらしい学園の歌をその歴史を思い出しながら歌いたいです。(高校1年生)
「力の限り」は西本願寺の家に生まれた、九条武子さんの言葉の一部ということがわかりました。この曲はリズムや音程が難しいなといつも思っていましたが、その歌詞はとても力強いなと感じました。(高校2年生)
特に感動したのは力の限りです。ずっと何を言っているのかわからなくて疑問を抱いていました。誰かが作った詩なのかな、と思ったり、はたまた富郎先生が作ったのかな、と思ったりいましたが、まさか有名な方の短歌だったということを初めて知りました。この詩を講堂朝会が終わった後に調べてみました。そこには紹介してくださった原文とその訳がありました。「明日には散ってしまうかもしれない運命の小さな花さえも、今この瞬間、精一杯の力で咲き誇っているではないか(ご覧なさい)」という訳でした。この短歌はこんなにも美しかったのかと驚くのと同時に、なぜ今までこの歌についてもっと調べようと思わなかったんだろうと思いました。こんなに素敵なのに知らなかった自分が恥ずかしくなりました。(高校2年生)
岡本巌先生に捧げる歌


私が個人的に好きな曲は、『岡本巌先生に捧げる歌』です。歌詞から情景が浮かんだり、一曲のなかでテンポが変わったりして、歌っていてとても楽しいです。6年間この曲を歌い続けていくうちに、誇りを持って歌えるようになりました。歌詞を間違えるかもしれないという不安感よりも、この曲にふさわしい西遠生になろうという思いのほうが強いです。歌うことを恥ずかしがるのではなく、卒業までにあとどれだけこの歌を歌えるかを考えながら、一回一回大切に思いを巡らせながら歌っていきたいです。(高校3年生)
中学入学式の前に学園の歌が収録されているCDをもらい、それを車の中で聞いていた頃を思い出すような講堂朝会でした。私が初めて一通り曲を聞き終えて一番印象に残った曲は岡本巌先生に捧げる歌です。歌詞は中学1年生になる前の私にはとても難しくほとんど理解できていなかったと思われますが、音の浮き沈みがとても好きで入学式で歌うと知ったときは少し嬉しく思っていました。
高校二年生で芸術選択がありますが、私は音楽を選択しました。楽器を習っていたから楽しく取り組めそうという気持ちが強かったのもありますが、卒業まであまり時間がない中で後何回学園の歌を歌えるのだろうかと感じたのも音楽を選択した理由の一つです。実際に授業では学園の歌を扱う授業が多かったため、入ってよかったなと思うことができました。(高校3年生)
次回は、人気の高かった2曲を紹介します。


