訃報

西遠女子学園に長く勤められた理科の平野収先生が、昨15日に逝去されました。97歳のご長寿でした。

平野先生は、昭和26年から平成2年までの39年間、理科の教諭として、平成2年から7年までの5年間、非常勤講師として、西遠女子学園にお勤めくださいました。
学園の創立60周年を学校誌「友情」の顧問として迎えられ、60周年特集号を出され、その後「70周年誌」「80周年誌」は記念誌編集の中心になられた先生です。温厚で誠実なお人柄の先生は、学園の歴史資料を地道に集められ、歴史を刻んでいくこと、それを記録していくことの大切さを教えてくださいました。
学園の歴史の生き字引のような先生ですので、ご退職後も何度か学園の歴史の一ページについて質問し、お答えいただくことがありました。無駄のない表現で的確に教えてくださる先生でした。

私は、新米教師として西遠に赴任して、2年目から「総務部」に所属していました。平野先生は総務部長として、小学校を回るお仕事など生徒募集に忙しくしていらっしゃいました。部長の平野先生、課長の三上先生の下で、資料の読み上げや入試庶務などをお手伝いしながら、教科指導とは別の教員としての責任というものを教えていただきました。
プライベートでは、結婚祝いに「暮しの手帖」の年間購読というおしゃれなプレゼントをいただきました。聡明に生きよとの先生の想い、後々になって感じ入りました。長女が生まれたときには、三上先生とお二人で実家にお見舞いにいらしてくださり、分厚い眼鏡の中の細い目をもっと細めて、生まれたばかりの娘をあやしてくださいました。優しさに満ちた、本当に温かい先生でした。

平野先生がご退職後、学園の100周年の責任教員に指名された私は、100周年を迎える準備として、OBの先生方に学校にお越しいただき、西遠の来し方について現役の先生方がお話を伺うという研修会を企画したことがあります。その時の平野先生の、記憶力のすごさ、理路整然としたお話しぶりに感嘆したことを覚えております。また、生徒にも西遠の歴史を聞かせてくださり、その内容は「友情」230号に紹介されています。

私には二つの後悔があります。
先年、お電話でお話を伺ったことがありました。自主規制という西遠独自の校則がいつごろできたのかを質問した私に、丁寧に教えてくださいました。お目がお悪いにもかかわらず、「今度、僕が学校に行ってお話してあげるよ」とおっしゃってくださいましたが、冬の寒い時期でそれもかなわず、今となっては本当に悔やまれます。
また、今年の学園祭の時におはがきをいただきました。奥様が代筆されて校長室に届いたおはがきに、お返事をと思い、秋休み明けにお返事のお手紙を投函したのですが、先生の旅立ちに間に合いませんでした。
先生はいつまでもお元気で私の質問に応えてくださる、と、先生の温かさの中で甘える一方であったことをいまさらながら申し訳なく思っております。

平野先生、長い間、本当にありがとうございました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。