全校講堂朝会「学園の歴史をひもとく」

後期最初の土曜日、後期の役員認証式に引き続いて、全校講堂朝会が行われました。

後期最初の講堂朝会のテーマは、「学園の歴史をひもとく」。西遠女子学園の歴史について考えました。

まずは「ひもとく」の意味から始めました。「繙く」または「紐解く」と書くんだよ、ということで。ぜひご自身で意味を調べてみてください。

西遠の歴史と言えば、先日行われた学園祭の「120周年記念室」を思い浮かべた生徒も多いのではないでしょうか。

昔の校舎の写真や、制服の人形、学校誌「友情」などを展示しました。
その中から、「友情」を読むことで分かる西遠の歴史についてお話を進めました。
まず、生徒のみなさんに聞いたのは、「学校誌『友情』をつくるのかなぜか?」という問いかけです。
「友情」には学校の出来事が記録されています。行事や出来事の記録にはどんな要素が必要でしょうか。

ここからは、自分自身が「友情編集委員」になったつもりで、「人物を紹介する1ページを作るには何が必要か」を話し合ってもらいました。1,2分の話し合いの後、3人の生徒に発表してもらいました。

  • その人の何を紹介したいか、明確にすることが大事
  • どういう人なのかよくわかるように
  • 写真はその人の活躍が分かるものにする
  • その人が卒業生なら、学生時代のことや、生徒へのメッセージを聞く
  • 読者が勉強になるように書く などなど

いやあ、なかなかクリエイティブな意見が出て、私は嬉しかったです。みんながインタビュー記事を作ったら、どんなページが出来上がるかしら?
この問いは、友情編集委員の仕事を知ってもらうことと同時に、自分が誰かを取材したときに何に気を付ければいいかという発見にもつながる、という意味で発してみました。

さて、現在306号を数える「友情」ですが、過去の「友情」からわかることは何でしょう。
「カウントダウン100周年」という特集の中から、228号の「生徒会いまむかし」に注目しました。この特集では、100周年を前に、生徒会活動の歴史や変化、そして歴代生徒会長と現役生徒会長との座談会を取り上げています。

戦後、どのように「自治活動」が進んでいったのかが分かりますね。
120周年の今年、年表には、「令和8年 中高生徒会再び合体」という1行が加わったわけです。
次代に合わせて形を変えている生徒会活動ですが、「自治」という目的は同じです。
生徒会活動がこれから進化するのか退化するのかは、今の皆さんにかかっているのだと訴えました。

そして、昭和46年に発行された「友情」100号のお話を最後にしました。

そこには、昭和4年11月に創刊された「フレンドシップ」第1号の「創刊之辞」が掲載されています。岡本巌先生の文章は、「フレンドシップの長途の旅程に祝福あれかし。」と結ばれていました。これが、学校誌「友情」の出航の瞬間です。
もともと、西遠には、大正13年に始まった「袖師賀母里(そでしがもり)」という冊子がありました。年一回発行されていた冊子が、昭和4年、若き岡本富郎先生の赴任を機会に「フレンドシップ」をいう新聞になったのでした。

戦時下で、「フレンドシップ」は「友情」に改名されました。神の統制も始まって、自由に出版できなくもなりました。そんな中でも、ガリ版刷りで25号まで編まれたのは、当時の大先輩の方々の努力のたまものでしょう。
戦後、「フレンドシップ」が復活! 編集部は、自治会(今の生徒会)の中にあったことも、生徒のみなさんには初めて知ったことだったでしょう。
昭和31年、現在の冊子形式の「友情」が生まれ、32年には生徒会から独立して、「友情編集委員会」ができたのでした。
私自身も生まれる前の「友情」の歴史です。
この100号には、昨日のブログで紹介した故平野収先生も登場しています。歴史を刻み、記録を残すことの重要性を、現代の私たちに伝えてくださった平野先生のご冥福をお祈りしながら。「学園の歴史をひもといて見えてきたものは何ですか?」という問いを残して、訓話を終わりました。

なお、「友情」のバックナンバーを図書館のブラウジングルームに置こうというプロジェクトが始動しています。もう少ししたら、ブラウジングルームで過去の「友情」をのんびり生徒たちが読む姿が見られるかと思うと、それもまた嬉しいことです。

2時間目の「生徒総会」では、「生徒会」の歴史を知った生徒たちが、しっかりと総会に臨んでいました。会員からの質問も出て、生徒会は確実に「進化」の方向に動き始めたな、との想いをかみしめました。

週明け、全校の皆さんからの「集会記録」を読むのを楽しみにしたいと思います。