本日は、学習塾の皆様を対象とした「入試説明会」を開催させていただきました。
ご参加の皆様、長時間にわたり、ありがとうございました。
10月17日(土)に行われた全校講堂朝会「学園の歴史をひもとく」の生徒の感想を紹介しています。
学校誌「友情」は何のためにあるのか?
今日も様々な感想をご紹介します。
「友情」の歴史を知って
今までの友情を紹介された際に昔の名前が「フレンドシップ」という英語表記だったり、友情ができる前は「袖師賀母里」という冊子があったりと、友情の歴史を知ることができました。戦前には、「フレンドシップ」が英語表記で、敵国語というため、「友情」に直したり、紙の統制があり、自由に出版できなくなるなど、大変な年が続きましたが、そのような年があったのにも拘らず、現在まで友情が引き継がれているというのは昔の先輩の強い意思があったためだと思います。「友情」という冊子にはこんなにもの歴史・努力が詰まって出来上がっているのだと改めてその偉大さを感じました。(高校2年)
友情の表紙の歴史がとても面白いと感じました。私たちがもらっている表紙は学園の風景の写真であったので過去のものを画像で見たとき今と全く違うスタイルに驚きました。そしてその表紙を芸術選択の生徒たちが描いたものから選んでいるというのもとても面白いと思ったし、これからの友情の表紙がそうであってもいいのではないかと思いました。席から見ていたので絵を細部まで見ることはできませんでしたが、どれも美術館に飾られている本のようで素敵だなと感じました。(高校3年)

なぜ「学校誌」が必要なのか?
今回のお話の中で、特に印象に残ったのは、学校誌「友情」についてのお話です。「友情」には、学校で起きた出来事や生徒会活動など、昔の学校の様子が記録されています。私は、昔の出来事を記録して残しておくことで、何年もたった後でも、そのときの学校の様子や生徒たちの活動を知ることができるのだと分かりました。もし、昔の人たちが記録を残していなかったら、今の私たちは昔の学校生活について、ここまで詳しく知ることができなかったと思います。記録を残すことは、ただ昔のことを書いておくのではなく、未来の人たちに大切なことを伝える役割もあるのだと感じました。(中学2年)
今回の講堂朝礼で、友情をつくることの意味について再確認できました。お話を聞いて、友情が長い間受け継がれてきたことを知り、学校の出来事を記録に残すことの大切さを感じました。記録があるからこそ、過去の生徒たちの活動や思いを知ることができるのだと思いました。また、普段自分たちが制作している「友情」も、学園の歴史の一部として残っていくのだと感じました。今までは、自分たちの担当する記事を完成させることに意識が向きがちでしたが、今回 今までの「友情」を振り返って、私たちが制作する「友情」も、これまでの編集委員の人たちが受け継いできたものの続きで、西遠の歴史を刻むものになるのだと思いました。今日、「友情」の意味について考えてみて、「友情」とは「単に出来事を報告するもの」なのではなく「今の学園の姿を未来へと伝えていくもの」なのだと思いました。(高校1年)


「友情」に記された生徒会の歴史を知って
私が一番印象に残ったのは、生徒会長と昔の生徒会長さん四人の談話の内容です。ある代では生徒会の部屋の明かりが一番最後に消えていたという話とその代の後を引き継ぐことは大変だったという生徒会長の話、を聞いて、みんな一生懸命に生徒会活動に取り組んでいた代があって、それを引き継ごうとしていた人がいて、そうして学園の歴史が積み重なっていくんだな、と歴史の積み重なりを再確認しました。そして、それらの積み重なりを、この代で崩さずに、次の代までつなげるということが大事だと思いました。(中学2年)
28回卒の生徒会長Kさんがおっしゃっていた「生徒総会は戦場」というのは、すごく言いえて妙だ、と思いました。方針案の説明の時ももちろんですが、特に質疑応答のときには、予測できないような質問が飛んでくることも少なくなく、その場で回答を考えてほとんど時間もなくマイクを通して伝えるというのは、想像以上に気力と体力を消費するものなのだと、後ろで控えていてよく感じています。間違ったことを言ってもいけないし、その場を凌ぐための一時的な回答なんてもってのほかで、本当に大変な仕事だと常々思います。泣く人もいた、ということでそんな激動の時代の西遠をひと目でも見たかった、という思いと、今この世代の生徒会で良かった、という思いとが色々とせめぎ合って混ざりあっていた時間でした。(中学2年)
学校の伝統は自然と残っていくものではなく、昔の生徒たちが「もっと良い学校にしたい」という気持ちでつくってきた「自治」の精神そのものなんだと分かりました。先生が言っていた「これから学校を進化させるか退化させるかは自分たち次第」という言葉がすごく心に残っています。今までバトンをつないでくれた先輩たちへの感謝を忘れずに、これからは自分たちの手で今の学校の良さを記録して、次の世代にしっかりと引き継いでいけるように日々の学校生活を大切にしていきたいです。(高校1年生)
過去の友情を振り返る中で、生徒会の歴史についてのお話がありました。特に印象的だったのは、生徒会活動が時代に合わせて形を変えてきたということです。私たちが通う今年、120周年の令和8年に中高生徒会合体という歴史の一ページが刻まれました。形式が変わっても、自分たちの手で学校を良くしていく自治の精神は変わらないのだと知りました。先生の「進化するか退化するかは今の皆さんにかかっている」という言葉に、身が引き締まる思いがしました。高校二年生という学校の中心となる学年として、人ごとではない強い責任感を感じます。(高校2年)
今回の全校講堂朝会を通じて、私は「当たり前ではない毎日」の中で、私たちが歴史の一部を生きているのだという意義を深く実感しました。120周年記念学園祭を振り返りつつ、学校誌『友情』が歩んできた道のりを聞き、大きな感銘を受けました。自由が制限された戦時下でも、先輩方が必死に言葉を残し、バトンを繋いできてくれたからこそ、今の私たちの自由な学園生活があります。世界に目を向ければ、今も多くの困難や紛争がありますが、だからこそ私たちはこの平和な環境で、自分たちの手で学校を動かす「自治」の意味を真剣に考えなければならないのだと感じます。
朝会に続いて行われた生徒総会では、歴史を学んだ直後だからこそ、多くの仲間が真摯に質問を発言していました。その真っ直ぐな姿を見て、私たちの想いや探究は、必ず誰かが受け取り、未来へとつないでいけるのだと確信しました。伝統を受け継ぎ、生徒会を「進化」させるのは、今を生きる私たちの役割です。身近な仲間との絆を大切にしながら、より良い学園の未来へ向けて、一歩ずつ前へ進んでいきたいと思います。(高校2年)


高校3年生、今の想い
学園祭の120周年記念室も拝見させていただきました。先生の集合写真を友達と見て驚きました。西遠は歴史があり、とても誇りに思います。他の学校にはない慰霊式や、弁論大会、さらに静思堂指導などこの学校で様々な学びを得られて本当に良かったです。通常授業を受けるのは残り数ヶ月なので、戻ることはないが進み続けるなどという言葉がありますが、一日一日を大切に勉強に精進して過ごしたいです。そして友人や先生方との時間も大切にし、たくさんの思い出を作りたいと思います。西遠女子学園の生徒であることに誇りを持ち、感謝の気持ちを忘れずにこれからも歩んでいきたいです。(高校3年)
学園祭当日、様々な卒業生のかたとお話することができました。ある卒業生の方が、その方がつくったという「友情」を紹介してくださり、とても嬉しかったです。その先輩が作った友情は温かさにあふれていて、西遠への愛にあふれていました。「西遠では友情をなぜ作るのか」というはじめの問を考えたとき、私は、「西遠にかかわるすべての人がいつの時代の西遠もわすれないため」だと思いました。それが西遠で戦時中であろうと、可能な限り、友情が発行された理由だと思います。最後に、私はあと3ヶ月で共通テスト、それが終わると、イレギュラーなスケジュールでの登校となります。本当にあっという間だと思います。いつも支えていただいている先生方を始め様々な周りの人に感謝の気持ちを伝えていく期間にしたいです。「できないのではない。ただ自分はやろうとしないだけだ」という言葉は弱っているときには少し厳しくも感じたことはありますが、それでも自分を奮い立たせてくれる宝物の言葉です。ただの欲望ではなく、実行に移す固い意思を持って、大切に過ごしていきたいと思います。講堂朝会でお話を聞くたびに、「友情」を見るたびに、そして友達や先生方とお話するたびに、私は本当に西遠生でよかったと噛み締めています。(高校3年)


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3回にわたってお届けした集会記録の生徒の感想。まだ全員を読み終わっていない(出していない人、急いで提出してくださいねー!)ので、もしかしたら、「その4」があるかもしれません。

