松葉のお掃除 + 寂しい気持ち

週明けの月曜、登校してびっくりしたのは、おびただしい量の松葉が地面を埋め尽くすほどだったことです。駐車場のタイヤ止めの周り、芝生の上などに降り積もるように、茶色い松葉が…。本日の外掃除は、この松葉との戦いの15分でした。庭ぼうきや熊手を持った生徒たちが、次々に松葉の山を作り、袋に入れます。松葉を含む落ち葉たちの袋は、さて何袋くらいできたのでしょうか。

本日、カメラの調子が悪くて、壮大なるピンボケです。松葉と白い袋たちに注目していただくということで、ご容赦ください。松葉のお掃除、しばらく続きそうです。

さて、今日は「寂しい気持ち」について、少し書かせてください。

今年は、有名人の訃報が相次ぎました。3月には、作家の大江健三郎さんが亡くなり、坂本龍一さんが亡くなり、平和や自然保護への意見を発信し続けたお二人の訃報にたまらない気持ちになりました。ミュージシャンの谷村新司さんやKANさんの訃報もショックでした。脚本家の山田太一さんのご逝去に対しては、ブログでも彼の番組のことを書かせていただきました。今夜、NHK「クローズアップ現代」で山田太一さんのことが特集され、母と二人、番組に見入りました。「ふぞろいの林檎たち」「男たちの旅路」が紹介され、最後に「獅子の時代」が映し出された時、思わず「あああ」と大きな嘆息が出ました。「負けた方の歴史がなぜ語られないのだ」という意味の山田太一さんが遺した言葉が紹介され、 無性に「獅子の時代」を見直したい気持ちになりました。

そして、昨日の夜、私はまた大きなショックに見舞われ、「寂しい気持ち」を味わっています。錣山親方(元関取の寺尾)が60歳の若さで急逝されたのです。最近の生徒の皆さんはご存じないと思いますが、私は、寺尾関が現役の頃、大大大ファンでした。寺尾関の訃報を知った卒業生の中には、大庭を心配してくれた方も少なくないと思います。ご心配の通り、とても落ち込んでいます。

小さな体で、突っ張りを武器に、大きな相手にも果敢に挑み続けた寺尾の姿。多くのファンが彼を応援し続けました。その人気ははるか海を超え、イギリスでも彼は「タイフーンTERAO」として大人気でした。テレビで放送された「ロンドン場所」での彼への大歓声を私は今でも覚えています。

私には2枚の寺尾関との写真があります。

西遠には「カルチャーツアー」というイベントがありました。私は幾度も「大相撲カルチャーツアー」を企画し、生徒たちと共に名古屋場所で声を限りに寺尾の応援をしていました。「寺尾が引退したらツアーはやめる」と言っていたのに、2002年彼が引退した後も、コアなカルチャー常連の生徒たちが「先生、今年も行きましょうよ」と言うので、「じゃあ、寺尾に会えるまでね」と言ってツアーを続けたのでした。そして、遂に寺尾関(もう錣山親方ですね)に遭遇することができました。確か2004年7月のことです。生徒と一緒に「写真お願いします」と言って撮っていただいた写真を、生徒よ済まぬ、私は友人に頼み、寺尾と私の2ショットに引きのばしてもらいました(まだデジカメを持っていない時代です。左下の写真は写真立ての写真を撮影しました)。

さらに、2016年、御前崎の清掃活動に錣山部屋の皆さんが来る(もちろん親方も)という情報を亜子先生に教えていただき、友人と連れ立って御前崎まで出かけたことも。めちゃくちゃ風の強い中で、写真撮っていただきました(髪ぼさぼさです)。

御前崎での親方、本当に優しいまなざしです…。

大相撲を見に行くと、入り口で「もぎり」をしているのは、親方衆つまり往年の力士です。昨夜、錣山親方(寺尾関)死去の報が流れた後、たくさんの「錣山親方のもぎり」の写真が旧ツイッターに紹介されました。彼は、お客様に対して、とてもフレンドリーにもぎりをしてくれたのだそうです。現役時代のファイティングスピリットも、親方になってからの優しい対応も、多くの人々の心をひきつけました。私はもぎりをする寺尾にこそ会えませんでしたが、こうして撮影してもらった2枚の写真はその日の思い出と共に、私の大事な大事な宝物です。

寺尾関がこの世にいないなんて本当に寂しいです。あの、愛溢れる解説をもう聞けないなんて。でも、阿炎(あび)関がきっと親方の分まで頑張って土俵で暴れまわってくれることでしょう。龍田川親方(豊真将)が部屋を継承してくれることでしょう。私もまた寂しさを抱えながら、錣山親方が愛情いっぱいに育てた親方衆やり基地の皆さんを応援していくつもりです。

昨年、市川教頭先生がおっしゃった「推しは推せるときに推せ」という言葉が、真に迫って感じられる年の瀬です。