「大地の子」を観劇して

3月14日、東京・明治座で上演中の舞台「大地の子」を観劇することができました。

山崎豊子さんの「大地の子」を読んだのは、まだ子供が小さい頃でした。単行本(上・中・下)は1991年の発行だったそうですから、私が読んだのは、92年あたりでしょうか。それからしばらくして「NHKが『大地の子』をドラマ化する」というニュースを聞いて、母と「どうやってあの作品を?」「無理でしょう」と話したものでした。

ドラマの放映は1995年11月11日、土曜の夜に始まりました(偶然ですが、出演した仲代達矢さんの訃報が飛び込んだのも、去年の11月11日でした)。毎週土曜を待ち切れない思いで待ってドラマを見、次の月曜は生徒や先生方とドラマの感想を興奮気味に語り合ったものでした。原作をここまで尊重してドラマ化できたこと、その熱意、スケール、役者たちの熱演に驚きを隠せませんでした。私はこの「大地の子」を20世紀最高のドラマだったと思っています。

我が家に保存してあるNHK「ステラ」、そして山崎豊子さんが書いた「私と『大地の子』」単行本

何度かの再放送があり、そのすべてを見て、原作も再読しました。そんな私にとって、昨年飛び込んできた「『大地の子』が舞台化される」というニュースは、ドラマ化の時に感じた驚きと同様のものでした。本当に舞台化できるの?と。しかし、そのニュースの中で、演出家の栗山民也さんが「この作品は舞台化して後世に遺さなくてはいけないものだ」と語ったと知り、演出家としての並々ならぬ決意を感じました。しかも、脚本は浜松市出身のマキノノゾミさん、主演はミュージカルの超売れっ子である井上芳雄さんです。素晴らしいに違いないと思いました。しかし、果たしてチケットは取れるのか、2-3月の公演じゃとても東京まで行けないな、と半ば諦めていましたが、3月14日の貸し切り公演の抽選に応募したところ幸運にも当選し、チケットをゲットできたのでした。

昨日は、東京に住む娘と共に観劇しました。彼女も小学生の頃、一緒にドラマを見ています。しかも、ドラマのクライマックスに登場した「三峡下り」に行くという祖父母の中国旅行に同行してしまったという、私以上の行動派。そして、以前より井上芳雄のファン。チケットが取れたことを私以上に喜んでいました。

明治座を訪れたのは初めてです。3階席まである大きな劇場でした。

舞台は、ドラマと違って、主人公の中国残留孤児 陸一心(日本名は松本勝男)の生き別れの妹「あつ子」が語り手となって始まりました。舞台の奥(上方)にも影絵のように場面が展開され、これは映像かしらと思うような演出が施されています。ドラマと違って編年体ではなく、日本と中国、過去の出来事が次々展開されます。ストーリーを知っている私たちにとっても、走馬灯のような展開です。

主人公の過酷な運命、彼を照らす「灯」のような看護婦の紅月梅、慈愛に満ちた育ての父、一人だけ生き残った悲しみと孤独、罪悪感を抱える日本の父。妹あつ子は、原作と違って、姑や夫と貧しくとも心の通う生活をしていることが、原作やドラマと全く違う、と違和感を覚えたのですが、これこそが脚本の力だと気づかされたのは、舞台の終盤でした。あつ子の心の叫びは、本当に胸が張り裂けそうで、一番辛いシーンでした。

俳優の皆さんの熱演に圧倒され、今この演劇が上演される意味をかみしめました。「戦争は、双方の名もなき市民たちにこそ大きな犠牲を強いる」という栗山さんの想い、それを脚本に込めたマキノさんの想い、それを演じきった役者さんたちの想い…。この演劇に賭けた人々の想いを、受け止められるだけ受け止めたいと思いました。舞台化してくださってありがとう、と心から言いたいです。

演劇鑑賞後、浜町から少し歩いて、「べらぼう」の聖地のひとつ、蔦屋耕書堂のあとを訪ねてきました。

東京の花たちも春を教えてくれました。

美しく咲く花々も、文学も芸術も、すべて平和な時だからこそ味わえるものです。戦争は絶対にいけないという思いをかみしめた東京観劇の一日でした。