小さな白板2026 第21週

5月最終週の「小さな白板(ホワイトボード)」です。今週は、ある冊子から毎日1首を選んで書きました。

今回、私が出会ったのは、「短歌研究」2026年5+6月号です。「300歌人新作作品集」が素晴らしくて、書き留めているうちに、一週間分がすぐに出来上がってしまいました。
一日目は、月の光の中の白い薔薇を歌ったものです。静かな静かな夜、開き切ってそろそろ花びらを落としそうな白薔薇に月光が差し込もうとしている、そんな静謐な瞬間。きれいな短歌だなあと思って書き留めました。

300歌人とありますが、本当に壮大過ぎて、実はまだ300人全員の作品を読み切っていません。歌人があいうえお順に並んでいますので、青松さんから始まったこの特集、ようやく鈴木さんに到達しました。まだ前半です…。すてきな短歌との出会いを楽しみながら、じっくり読み進めますので、今週の短歌はア行の方ばかりです。

大人になってしまうと、感情をあらわにすることも少なくなります。でも、本音では、子どもみたいに、泣き叫んで地団駄踏んでワーワー言ってみたい!と思うこと、絶対ありますよね。分別ある大人にはまずできないことですから、頭の中だけにとどめているでしょうが…。共感できる短歌です。

自販機もサービス精神から音楽を奏でるものもありますが、その軽やかな「森のくまさん」の音楽の中、作者は、自分の投入した硬貨が拒絶されて戻ってくるという、親しみやすさと便利さと拒絶とが同居してしまう出来事に遭遇してしまったのですね。この短歌にもいたく共感しました。

この短歌に出会い、私は今年2月に訪れた「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」を思い出していました。荻原さんは名古屋在住の方ですので、同じ美術展ではないかと思うと、嬉しくなってしまいました。繊細で心優しいゴッホが短い生涯の中で描いた絵を辿りながら、その夢を応援した弟や、弟の遺志を継いだ奥さんや息子さんの歴史を知りました。有名な作品がたくさんあるわけではなかったけれど、ゴッホという生きた一人の人間が強く伝わってくるあたたかい展覧会だったことを、この短歌で懐かしく思い出しました。

東京に人口が集中し、地方の過疎化が進んでいます。次々と都会に吸い寄せられていく人間たち、何を想って都会へと集まるのでしょうか。そんな現象に対して、都会には磁気があるのかと問うこの短歌、都会の持つ強い魔力を思わせますね。

5月最後の白板は、希望に満ちたものがいいなあと思ってこの短歌を。三十一文字という制約があるのにもかかわらず境界のない空を自分の短歌は自由に飛んでいる、と歌います。短歌の無限の可能性を歌っているのでしょうか。気持ちいい歌だなあ…。
今回、300歌人新作作品集のお題は「短歌・ハズ・ノー・ボーダーズ」つまり「短歌に境界はない」というもので、様々な「境界」や「境界なき自由」をテーマにした歌、ところどころに「協会」がテーマのエッセイも書かれていて、なんだかとっても興味深いのです。切ないもの、死を想うもの、差別や争いをテーマにした短歌もあれば、大らかな短歌もドラマチックな短歌も、苦笑してしまうエッセイもあります。歌が詠めるっていいなあ、しゃれたエッセイが書けるっていいなあ、と思いながら、毎夜「短歌研究」5+6月号を楽しみに開いているオオバです。

来月も「短歌研究」5+6月号からの短歌、きっとたくさん紹介すると思います。