あなたのランプの灯を
かかげて下さい いますこし
恵まれぬ人たちの 恵まれぬ人の
ゆくてを照らすそのために
ヘレン・ケラーの言葉より
西遠では、生活会館の入寮に際して、この歌「灯を高く」を歌います。
7月4日の講堂朝会では、学園の美化や教育実習生のこと、前回の講堂朝会の感想、そして桑原正紀さんの歌集、そして9月に本校を会場として開催されるTEDxHamamatsuのことなど、様々な話題を取り上げました。そこから生徒たちが何らかの考え方・生き方を学んで、「自分のランプの灯」をいつ、どんな形で掲げ、誰かを(何かを)照らしていくべきかを考えてほしいと願っての訓話でした。
7月10日に中学1年生の集会記録を取り上げましたが、今日は、中学1年から高校3年まで点検を終えた生徒たちの集会記録から、「教育実習生から学んだこと」を皆様にご紹介したいと思います。実習生が掲げてくれたランプの灯に生徒たちは気づいたでしょうか?
講堂朝会で、教育実習生の方々が最後の反省会でおっしゃっていた言葉の話をしてくださいました。反省会で「自分にできないこと、課題が多くて、悔しかった」とおっしゃったと聞いて、尊敬しました。楽しかったじゃなくて、悔しかった。今の私だったら、そんな言葉は出てこないと思います。将来、私がもし教育実習をすることになったら、その時に「悔しかった」と言えるほど、努力していきたいと思います。(中学1年生)
特に私の心に残ったのは、実習生の方が反省会で「悔しい」とおっしゃっていたというお話です。「悔しい」ということは、全力でぶつかったということ。全力ではなく、まあいっかという姿勢で臨んだことには「悔しい」という感情はうまれない、ということは私のいままでの十年と少しの短い生活の中で学んできたことです。実習生の方が、実習期間を終えて「悔しい」と思うほど、現在の西遠の生徒、実習生の方にとっては後輩である私たちに、全力でひたむきに心を砕いて向き合って三週間を過ごしてくれていたのだと思うと、こんなに嬉しいことはないな、と胸が熱くなりました。と、それと同時に自分にはそんなに全力になった、「悔しい」と心の底から思えるような自分のすべてを持って臨んだことはあっただろうか、という問いが頭をよぎりました。自分はいつもなあなあで、まあいっかの精神で過ごしていないか。別にいいや、と今までやってきたことを途中で半端にやめてしまったことはないか。そんなことを問いかけられたら、私はそれを否定できる自信がありません。だからこそ、今回の朝会でそれらの問いに「自信を持って否を言える私」がいないことに気がつくことができたことを忘れず、これからを過ごしていきたいと思いました。(中学2年生)
教育実習生のお話の中に「西遠の人間性を育てる教育の素晴らしさを今改めて感じている」とありました。私が忘れられないセリフです。私は西遠女子学園に来てからまだ3ヶ月くらいしか経っていません。教育実習の先生方は西遠でたくさんのことを学んで来たからこのようなセリフが言えるんだと思いました。自分が卒業する時に先輩方が言ってくれたように思えたらいいなと思いました。このような話を忘れずに毎日意識して学校生活を送ろうと思いました。(高校1年生)
教育実習生の方が自ら窓を開けるなど進んで自分から行動し、実習期間中、その行動が当たり前になっているのがとてもすごいなと思いましたし、慣れないことも多い中、今までは生徒として通っていた西遠女子学園に、今度は先生という立場で来られ、私達と関わってくださり、学園を大切に丁寧に過ごしてくださったことはとてもありがたいことだなと感じました。(高校2年生)
教育実習生のお話は、大きな励みとなりました。教育実習生に質問をしたときにすぐには分からない問題があり、「悔しい。明日ちゃんと調べて説明するね。」と言ってくれたことがとても印象に残っています。そして、翌日にはとても丁寧に教えてくれました。その誠実な姿勢がとてもかっこよかったです。また、受験期の様々なエピソードも教えていただきました。「勉強して死んだ人はいない」という言葉を胸に、頑張っていこうと勇気をもらえました。私も教育実習生のように、人に影響を与えられるような人になりたいです。(高校3年生)




教育実習に臨む先輩の姿は、西遠生にとっても大変身近なロールモデルです。彼女たちの日々の努力が、しっかりと在校生たちに伝わっていることを考えると、教育に携わるものとしてこんなに嬉しいことはありません。実習生たちがそれぞれに掲げたランプの灯は、しっかりと後輩たちを照らしてくれているのです。

