雨二モ負ケズ

今日、南館の前を通った時に、ガールマグノリアの木が一ヶ所だけ赤く見えました。
「あれ?」と見ると、あの花芽を全てかじられてしまったはずのガールマグノリアに、
一輪だけ花が咲いていたのでした。

駆け寄って、思わず「良かったねえ、お前は咲くことができたんだねえ」と赤い花に向かって話しかけてしまいました。
なんだか、「オオカミと7匹の子ヤギ」の7番目の子ヤギさんに会えたような、とてもいとおしい気持ちになったのでした。
遅れて蕾を膨らめたからこそ、鳥の襲撃を免れて、無事開花できた一輪の花。
人は、旬を追い求めて、一番先頭の華やかなものにばかり注目してしまい、後から来たものの存在を忘れがちですが、
地道に、目立たずに、コツコツ生きていくことも大事だよね、と
そんな生き方を応援しているように感じられる、今日のガールマグノリアの花でした。
今朝、例によって「にほんごであそぼ」を見ていたら、埼玉のおじさんが「雨ニモ負ケズ」を朗読していました。
あの詩に込められた、宮澤賢治が理想とする生き方もまた、目立たぬ「でくのぼう」のような生き方ですが、
カッコ悪いかもしれないけれど、無骨に、地道に、そして謙虚に生きることの大事さを教えてくれる詩です。
私を小さい頃からかわいがってくれた近所のおじいちゃん「豊田さん」が97歳で亡くなり、今日お葬式がありました。
お通夜にもお葬式にも伺えなかったことが申し訳なくて、寂しくて、昨日から豊田さんのことをいろいろ思い出しています。
私や弟妹だけでなく、次の世代である娘も息子もかわいがっていただきました。
豊田さんと我が家とのお付き合いは、戦時中から続いているのだ、と昔聞いたことがありますが、
私の記憶の中では、自転車でやってきて、黙々と草取りをしていらっしゃった姿が、庭の入口に置かれた自転車と共に、大きな比重を占めています。
戦時中の恩返しだと聞いたことがあるのですが、今や大庭家の受けたご恩の方が大きいのではないかと思うほど、長年にわたっていろいろ助けていただきました。
クリスマスにはケーキを届けてくださる、いわば我が家のサンタさんでした。
本当に我が家の「子供たち」は代々かわいがっていただきました。
大変謙虚で、決して気どることなく、働き者で、子供に優しくて、草や花を愛していて、
・・・今になって「雨ニモ負ケズ」のような方だったな、と思い至りました。
訃報を聞いて、娘も息子も寂しがっています。
今日、葬儀に参列した父からは「涙が止まらなかった」と、メールが届きました。
天寿を全うされ、皆の心にその笑顔と、ぽっかり大きな穴を残して、空に旅立たれた豊田さん、
今まで本当にありがとうございました。

いかに生きるか。
どんな価値観で生きるか。
何が大事なのか。
豊田さんの生き方にも、ガールマグノリアの一輪の花にも、そして宮澤賢治の「雨ニモ負ケズ」にも、教えられたと思う私です。
【追記】帰宅して、母としみじみ話しました。母は嫁いできてからずっと、私は生まれてからずっと、とても長く豊田さんにお世話になったのです。「身内のお葬式でもないのに、夫婦であんなに泣いたのは初めて」という母に、また涙腺が決壊しそうでした。