殉難学徒慰霊式

戦後76年、今年も西遠の「殉難学徒慰霊式」が行われました。コロナ対策のため、窓を開け、中高別々の式となりましたが、どちらも大変厳かで素晴らしいものでした。

高校の慰霊式。生徒会長による「慰霊の言葉」

3時間目の高校の式では、NHKさんのカメラも入り、中日新聞記者の方の取材もありました。お昼のローカルニュース、夕方の「たっぷり静岡」などで映像を見られた方もいらっしゃるかもしれません。4時間目には、静岡新聞社さんが中学の慰霊式を取材してくださいました。

中高それぞれの「平和の作文」発表では、学年代表者の立派な発表姿勢に感心すると共に、作文に書かれた事柄に思慮深さと平和への熱い思いを感じ、感動しました。

中学1年生は、祖父に終戦直後の生活を取材し、貧しい中にもご近所同士の親切・助け合いがあふれていたことを知って、コロナで疲弊している今だからこそ自分たちにも温かい心・励まし合う姿勢が必要なのではないかと訴えました。

中学2年生は、「東京が燃えた日」を読み、感想をまとめました。戦争を知らない世代にとって、この本のように、戦争のつらい体験を語る人々の言葉は「教科書」であり、先人の語りに耳を傾けなくてはいけないと語りました。

中学3年生は、「ひめゆりの沖縄戦」を読み、10代の少女たちが悲惨な戦争の日々をどう生きたかを学びました。尊い命を奪う戦争を、「自分に関係ない」と思っていないだろうか?平和のありがたさを私たちは分かっているのだろうか?という問いかけが力強く感じられました。

中学生として、現代の世界の課題を考え、中学生なりに見聞を広め、話し合っていく必要性があることを、代表者たちは力強く訴えていました。客席の中学生たちにも、同世代の訴えは心に響いたと思います。

高校1年生は、現代の平和を乱すものとして、新型コロナウイルスを挙げ、アジア人への暴行が行われている現状に、これは「新しい戦争」なのではないかと訴えました。全ての人々が過ちについて議論する必要性がある、という主張が力強く響きました。

高校2年生は、原爆投下直後、校舎の壁に書かれた伝言「水 水 水」という三文字から、被爆の惨状を脳裏に思い描きました。原爆や戦争の恐ろしさ・虚しさ・はかなさを皆で共有すべきであるという思いが、伝わった作文でした。

高校3年生は、昨秋の九州研修で訪れた長崎原爆資料館での体験を発表しました。黒焦げの死体のそばに立ち尽くす少女の写真、資料館で出会った老夫婦の涙、その姿に自分も涙してしまったこと。資料館滞在の短い時間の中に深い学びがあったことを聞く人に感じさせる発表でした。

毎年、生徒会長の慰霊の言葉や学年代表者の作文朗読には心を揺さぶられます。10代の純粋な心を感じ、先を歩く立場の人間として、このままではいけないという思いを強く感じるからです。コロナ禍の中でこんなに真っすぐに未来を見つめている生徒たちを、しっかりと守り育てなくてはいけない、と改めて心に誓いました。

今年は、生徒たちの折り鶴がハトや地球になりました。鶴を全校生徒で折り、その願いを形にする‥‥プロジェクトの意図についても、司会者から解説がありました。舞台両側に飾られた2枚の立体掲示には、平和への静かな、けれども熱い願いを感じました。

さて、この慰霊式が仕上がるまでの様子もお伝えしましょう。

昨日の18時。講堂には、舞台装飾を続ける高校生徒会執行部の姿がありました。鶴の吊るし方にも試行錯誤の執行部ですが、生徒会として初めての大きな行事を前に、彼女たちの愛と闘志も感じました。

今朝、たくさんの生徒が花を持って登校してくれました。その花をプランターに活けるのも、生徒会執行部の仕事です。

各クラスでは朝のSHRが行われている8:20、プランターの花も飾られ、ようやく舞台が完成しました。執行部はインスタグラム用の写真も撮り、最後に記念撮影をして、準備を終えました。

そして、3時間目に高校、4時間目に中学の慰霊式が行われたのでした。

慰霊式のお話は、また明日も。次回に続きます。