「西遠と戦争」 ~中学講堂朝会~

今日は、中学生への講堂朝会でした。前回、5月8日の講堂朝会では、高校生に「戦争と平和」のお話をしました。その感想が書かれた集会記録を読み、高校生の先輩たちの感想に感動して、これはぜひ後輩たちに伝えたいと思いました。だから、今日の講堂朝会のテーマは「西遠と戦争」。先輩たちの感想から、西遠の「平和教育」について、様々な視点で考えました。

講堂朝会の中で読み上げた先輩たちの「集会記録」。その一部をご紹介しながら、私の訓話を振り返ります。

訓話のスタートは、中日新聞の「浜松歴史のとびら」で紹介された「殉難学徒慰霊式」の記事でした。記事をまだ読んでいないという生徒が多かったので、私が記事全文を読み上げました。そして、西遠の「くるみボタン」の誕生について話し、それについての高校生の感想を紹介しました。(高校生の感想は、5月22日の当ブログ「西遠の『くるみボタン』」に掲載済みです。)

さらに、話題は、慰霊式に関する感想へと進みました。殉難学徒慰霊式を前に講堂朝会で「戦争と平和」についての話を聴いた高校生の感想には、慰霊式への思いと共に、中学生へのメッセージが詰まっていました。

1 戦争体験を聞くという「体験」

 私は中学1年生の時、戦争体験者である曽祖父にお話を聞きました。曽祖父とは戦争の話などをした事がなく、まさか聞く事が出来るとは思っていませんでした。曽祖父のお話を聞き、私は胸が苦しくなりました。すぐに曽祖父の戦争体験のお話を作文にまとめ、初めての慰霊式では代表として全校に伝えることが出来ました。私はその時西遠に入って本当に良かったと思いました。西遠に入学していなかったら、曽祖父から戦争のお話を聞くことが出来なかったと思うからです。また、西遠は115年の歴史があり、曽祖父も少年時代、西遠の事を知っていたからです。制服姿の私を見て曽祖父は少年時代によく見かけた西遠の生徒たちの姿を思い出したと言っていました。私は西遠で戦争について深く考え、平和とは何かを考え続けてきました。昨年は曽祖父と共に戦争についてのテレビ特集に出演出来て本当に嬉しかったです。私たちが戦争体験者のお話を直接聞くことが出来る最後の世代だと思います。私は身内にまさか戦争体験者がいるとは思ってなかったです。戦争について聞き出すことはとても勇気のいることですが、日本の多くの若者に戦争の事、平和のありがたさを知ってもらいたいです。また、世界中の人も戦争について知り、考え、平和の大切さを感じ、世の中を変えていこうと努力すれば世界から「戦争」という2文字が消えると思います。今、新型コロナウイルスの流行で、戦争ではないけれど世界が平和な状態ではありません。今こそ世界中が助け合って平和へと向かっていく時だと思います。オリンピックも起源はオリンピア=平和の祭典なので平和ではない今行おうとするのはどうなのかと思っています。平和であることは決して当たり前ではないということを新型コロナウイルスが流行したことでより実感しています。慰霊式当日にはお花を持って登校する西遠生が見られます。西遠での貴重な平和学習を大切に、私たちが考えることを発信したいです。そして、戦争を忘れず、平和のありがたみをちゃんと知っている女性でありたいです。 (高校2年生)

 今年の1年生が平和の作文で」戦争体験者へのインタビューをしたことを聞き、私がインタビューをした親戚のことを思い出しました。その親戚は、一昨日に亡くなりました。そこで、戦争体験者がどんどん減っていることに気づきました。私は、とても貴重なお話を聞くことができたんだな、と思うのと同時に、その時聞いた話の内容を思い出し、あんなにもつらい、思い出したくもないことを私に話してくれたということに感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。このご時世、1年生の半数以上の生徒が戦争体験を聞けたのは、本当にすごいことだと思いますし、1年生みんなで戦争の体験談をシェアできるのはとてもためになることだと思います。1年生には、この初めての平和の作文を通して、インタビューを受けてくださった方への感謝の気持ちを忘れず、これからの5年間、西遠で戦争について深く学び、平和についてたくさんのことを考えてほしいと思います。 (高校3年生)

西遠に入ってすぐに出される「身近な方から戦争体験を聞く」という宿題で、先輩たちも衝撃を受けていたことが分かります。曽祖父・曾祖母・祖父母など、自分の身近な人が戦争でつらい目に遭っていたなんて、それまで全く知らずに接していたこと、その家族や親戚が涙をこぼしながら戦争の体験を話してくれたこと。何年たってもそのインタビューを忘れられないと先輩たちは言います。西遠に入学したから家族の戦争体験を聞くことができた、西遠だからこそ戦争のことを考える時間が増えた、という感想に、中学生も共感したのではないでしょうか。

2 過去の自分を「記録」で振り返る

 私が西遠に入学して間もない2017年5月に、講堂朝会で校長先生から戦争についてのお話を聞いていたことに気付き、4年経った今、当時の「記録ノート」を見返そうと思い、生活ノートと共に綴じてあるぶ厚いファイルを手に取りました。タイトル「平和について』 平成29年5月13日(土) 内容『戦時中に、西遠の近くにも爆弾が落とされたことについて。戦時中の様子について書かれた本の紹介』 と書いてあるページを見つけました。4年前のゴールデンウィーク中、つまり、この記録を書く二週間前に、殉難学徒慰霊式を行うにあたって作文を書くために、祖父母から戦時中についてのお話を聞きました。今までに祖父母からそのような戦争についてのお話を聞いたことがなく、語ってくれた当時の様子に衝撃を受けたことを今でも覚えています。涙ながらに語ってくれた 祖父母には本当に感謝しています。そのような貴重なお話を聞いてからの講堂朝会で、校長先生が浜松にも大きな空襲があったことについてのお話をされ、祖父母からの話と共通しているところが多くあり、さらに悲しくなった、中学1年生の私を思い出しました。また、小学校では戦争について詳しく学ばなかったので、より「列難学徒慰霊式」や、戦争体験者のお話を聞くという機会が、私にとって、とても刺激的だったことも思い出しました。(高校2年生)

西遠では、「生活ノート」「記録ノート」などをまとめる分厚いファイルが中学1年生に配られます。最初は空っぽのファイルが、2年になり、3年になって、2冊・4冊と綴じられていきます。その分厚いファイルで中学1年生の時の記録ノートを、彼女は読み返したのでした。昔の自分と出会うことは、とても貴重です。自分の記録をしっかり書き、しっかり取っておくことで、それが叶います。今年から「生活ノート」「記録ノート」はデジタルでの記録となりましたが、ファイルのある上級生は、書いた作文や感想文などをぜひともそのファイルに綴じていってほしいし、デジタルの便利さを生かして過去の自分と向き合うことも積極的にしてほしいと思います。自分の思考の軌跡をたどり、自分の土台を確認し、それをより堅固にすることが、西遠の6年間で可能だということを、この先輩の感想は教えてくれました。

3 6年間の「平和の作文」

 平和の作文でも、多くのことを6年間で学んできたと思います。西遠に入学する前は、戦争や平和についての知識はそこまでありませんでしたが、祖父へのインタビューから始まって、「東京が燃えた日」を読んだり、岩波ブックレットをまとめたりといったことを通して、平和について考えることが増えました。今年の差不文では、「ミャンマー問題」から自由や民主主義、そして選挙権について書きました。書いている間はあまり感じませんでしたが、思い返すと、平和の作文を書くことは今年で最後であったと実感しました。これからは、学校から機会を与えてもらうということはありません。ですが、自分で考え行動する姿勢を忘れないようにしていきたいと思います。(高校3年生)

西遠では、年に一度、全員が「平和の作文」を書きます。テーマは毎年違います。

  • 1年「戦争体験を聞く」
  • 2年「東京大空襲を学ぶ」
  • 3年「広島・長崎・沖縄の戦争を学ぶ」
  • 4年「戦争と平和の今を学ぶ」
  • 5年「戦争と平和の歴史を学ぶ」
  • 6年「戦争と平和について提言する」

この先輩が6回目の「平和の作文」で書いたのは、ミャンマー問題。他国の現実、そして、自由、民主主義、選挙権について考えるまでに、平和への思いは発展します。中学生にとって、今書いている「平和の作文」がどう発展していき、自分の視野を広げていくことになるか、先輩の感想文から少し未来が見えたのではないでしょうか。

4 平和への思いをどう行動に移すのか

 「戦争」。私がそれについて考えると、必ず頭の中に、ハトを抱えた3人の女の子たちが浮かんできます。西遠生であり6年間朝登校した時に見ていたからこそ、この「愛の灯」像が一番最初に出てくるのだなと。母も、母の妹も、私の姉も、同じ西遠で育ったため、同じことを思い出すそうです。高2の長崎での活水高校平和学習部の子たちと話したことで、西遠にいるからこそ戦争の歴史に触れる機会があることが本当に重要であると、改めて気づくことができました。今まで5年間と数か月を西遠で過ごしてきて、いろいろ振り返ると、中学1年生の時から戦争について考える機会が西遠には本当にたくさんあります。たくさんある中で、私が特に戦争について一番よく考えるものは、やはり慰霊式です。母たちも、この時期になると「今年はいつ?」「花はどれにしようか」など、現在西遠に通っている私以上に張り切って準備をします。私にとって、中学3年と高校2年の時に裏方として生徒会執行部の皆で準備をしたこともあって思い出深く、そして来週の慰霊式のために鶴を折るのが、一人の人間として、戦争を語り継ぐ者として、とても光栄に思います。母たちのように、西遠を卒業してもこの時期を覚えていて、戦争について考えることができる、そんな大人になりたいです。「戦争」は私たち西遠生にとって切り離せないものです。今までのことを振り返ると、切実にそう思います。来週の慰霊式は、私にとって最後の慰霊式です。戦争について改めて学ぼうと思います。

 6年間、「平和の作文」を書いてきて、毎年いろいろな視点から戦争を考えることができました。1年生に曾祖母の戦争の体験談を聞いたことを覚えています。今の1年生も30人もの子が直接お話を聞くことができたというのは、私もとても驚きました。人から直接その時の話を聞くということは、頭の中に残ります。6年たった今でも、しっかり覚えていますし、何より今までは程遠く感じられていた戦争が、とても身近なことに感じられた瞬間でした。話を聞いた多くの1年生も、「戦争は2度と起こしてはいけない」と強く思ったことと思います。本を読んで、日本の太平洋戦争について考えたり、海外の紛争や核兵器について考えたり、6年間の平和学習は、私にとって大きな影響をもたらしました。そのおかげもあり、5年生の九州研修旅行では、平和委員に立候補しましたし、平和祈念像への折り鶴の献上をしたこと、誓いの言葉を言ったことは、一生の思い出です。今はまだもしかしたら平和学習の意義がわかっていない後輩がいるかもしれません。まずは一瞬だけでもいいから「平和」「戦争」について考えてほしいです。私もはじめはそうでした。しかし、次第に一瞬ではなくなり、ずっと「平和」のありがたさを感じる日が来るものです。何事も一生懸命やって損をすることはありません。後輩にも6年間の平和学習が大きな影響をもたらすことも願いますし、最後の慰霊式もしっかり胸に刻んでおきたいと思います。

 6年間の平和学習を経験する中で、先輩たちは、九州研修旅行の平和委員に立候補したり、生徒会執行部で慰霊式の準備をしたり、という「行動」を起こしています。そういう先輩たちからのメッセージは重いですね。中学生たちにも、強いインパクトを残したことでしょう。

今日の講堂朝会は、たくさんの先輩たちの感想を後輩に伝えることで、中学生に「西遠と戦争」について考えてもらうこと、そして少し先の「未来」を想像してもらうことを目的としました。中学生の皆さんから、集会記録が届くのを静かに待ちます。