本日は、11月3回目の土曜プログラムの日。たくさんのプログラムが組まれ、お客様も大勢いらっしゃいました。
また、午後には「第1回高校入試説明会」も行われ、公立中3年生の皆さんにお越しいただきました。ご参加くださった3年生の皆さん、ご家族の皆さん、ありがとうございました。ぜひ西遠進学をご検討ください!
さて、そんな土曜日のプログラムの中で、今日は、1時間目に行われた「中学講堂朝会」を取り上げます。今夜、ブログを読んで復習しながら、集会記録を書く中学生たちがいると思いますので、ほかのプログラムに先立ってご紹介することをお許しください。
講堂朝会「西遠での成長」

11月2回目の「中学講堂朝会」では、次のことをお話ししました。
☆中学生・高校生の集会記録の提出率
☆中学生の定期テスト前の「学習時間量調査」結果
☆中学生の学年目標を守れているか
☆高校3年生の集会記録
☆尊敬すべき先輩たちを持つことの意味
中学生たちにまず聞いたのは、自分の学年の「目標」を意識しているかという問いかけでした。例えば、中学1年生は「よい西遠の生徒になろう」という目標を掲げていますが、「よい西遠の生徒」ってどんな生徒だろう?そこに「学園の週の目標学習時間」の達成は入っていますか?と。自分たちの学習姿勢や生活態度について、反省した生徒が多かったのではないでしょうか。あと4か月の間に、学年目標を達成してほしい、と私は訴えました。
そこで、中学生には、11月15日の高校講堂朝会のお話をし、改めて3人の女性(ベアテ・シロタ・ゴードンさん、ベラ・チャスラフスカさん、茨木のり子さん)を紹介、茨木のり子さんの詩「自分の感受性くらい」を朗読しました。中学生にも、この詩の意味を知ってもらいたかったからです。そして、15日の講堂朝会が、高校3年生にとって最後の講堂朝会であったこと、最後の講堂朝会のあと寄せられた「集会記録」に、高3の先輩たちが書いた内容を紹介しました。ここに、紹介した6名の文章を掲載します。
今回の講堂朝会が西遠での最後だということを知り、感慨深くなりました。西遠での6年間の講堂朝会では、自分の中にはなかった価値観や視野を手に入れたり、今まで知らなかった新たな知識を手に入れたりと、多くの学びがあり、正直いろいろなことがありすぎて、覚え切れていないことばかりです。しかし、講堂朝会からの学びは私を成長させてくれ、新たな成長への一歩を導いてくれていたはずです。講堂朝会のお陰で、たくさん成長できたことに心から感謝しています。
受験が間近になってきた今、焦りや不安、緊張で何もしたくない日もできてきます。そんなとき私は過去の講堂朝会の記録を見直して、一度心をリフレッシュさせています。未来も見ることも大事なことですが、時には一度立ち止まって過去を振り返ることも大切です。むやみにただ行動するのではなく、今自分が何をすべきなのかをよく考えたいです。卒業までの残りを無駄なく全力で駆け抜けていきます。
今回この3人のお話を聞いて、私が一番心に残ったのは茨木のり子さんの詩です。
「駄目なことの一切を時代のせいにするなわずかに光る尊厳の放棄」特にこの詩の中でも一番この部分が今までの私に刺さりました。勉強も、部活も、すべてコロナのせいにして過ごしていた中学生の私に送りたいです。
今も、受験勉強で自分が思うように成績が伸びなかったからと親や兄弟に強く当たってしまうことがあります。「苛立つのを近親のせいにはするななにもかも下手だったのはわたくし」関係のない人やものに苛立ってしまったときには、この詩を思い出して、一度冷静になって何にイライラしているのか、分析して、自分の中で解決できるようになりたいです。
今は、一人ひとりの多様性が尊重される時代です。これからの時代、何が起こるか全く予想もできないけれど、どんな世の中になっても、自分の感受性は自分で守りなさい。そんな詩に私には聞こえました。周りに流されることなく、自分の考えをきちんと持った大人になりたいです。
世界で活躍する女性の行動や言動などの経験を学び、私たちが勇気を踏み出すことや、また、その活躍の結果を結果で終わってしまったり、当たり前だと思ってしまったりするのでなく、経緯を知ってから重く受け止め、私たちが最大限に活用することがバトンを受け取るということなのかもしれないと思いました。お話を聞いてこの記録を書いて終わるのではなく、時々思い出して、受け取ったバトンを落とさず、将来の自分につなげ、そしてその輪を広げたいです。
西遠は女子教育の場なので、同じ女性が活躍していることについての女性の生き方の作文を毎年行ってきました。共学であったらなし得ない、西遠だからこそのこの6年間の学びの場は、とても貴重なものだったと感じます。今回紹介された三人の女性、ベアテさん、ベラさん、茨木のり子さんは、それぞれがちがう意見を持ちながら、自分の思いを地域世界につなげようと努力されてきました。私は、女なのだから、女なのに、という言葉は好きではありません。もちろん節度はあると思いますが、性別という括りで何かを決めつけられてはいけないと思うのです。
講堂朝会での校長先生のお話の中で紹介される女性は、女性だから、女性なのに、そんな言葉に負けない強さを与えてくれる存在ばかりです。過去の女性の活躍が今の私達に及ぼしている影響は非常に大きなものだと思います。
私は今ある「当たり前」を単に「当たり前」で済ませてしまうのではなく、中身を知ろうとすることが必要だとこの六年間を振り返って感じました。
ベラ・チャスラフスカさんと聞いて、どこかで聞いたことのある名前だなと思い、西遠の校長ブログを遡ってみました。なんと予想的中。弓道部の先輩が以前、弁論大会で語っていた女性でした。覚えていたのは、体操のオリンピック選手で、国内の混乱に負けず偉業を成したということだけでしたが、その時、部活動だけでは見えない先輩の想いや信念が、弓道、日頃の心遣いや振る舞いに繋がっているんだなと感じ、弁論の中でも特に印象に残っていました。その先輩は、誰も真似できないほど、優れた方でした。もちろん、彼女自身の努力は怠ることなく、全国大会で負けてしまったときも、応援してくださった他校の方に挨拶に行ったり、辛いときも嬉しいときも、周りや後輩を気にかけてくださる先輩でした。今年、先輩方が進むことができなかった県大会が決まったときも、大学から帰って来てくださり、誰よりも喜んでくださいました。そして彼女は後輩に「繋げる」方でした。彼女の言葉や所作、存在が今の後輩に繋がっています。私は先輩が尊敬するベラ・チャスラフスカさんについてこの講堂朝会で改めて学び、こうして想いが繋がっていくのだなと実感し、今を見るだけで悲しむのはやめようと思いました。この講堂朝会のお話も、ブログや集会記録など、想いを言葉にのせたことは、誰かに確実に繋がっていくのだと、最後の講堂朝会を素晴らしい気付きで締めくくることができました。六年間、ありがとうございました。
今回最後の講堂朝会で28行以上書くといわれたとき、今まで以上に身を正して講堂朝会を聞きました。中学生の頃に比べて本当に集会記録を通して文章力、語彙力が上達したと思います。そして感受性が豊かになったと思います。長いようであっという間だったこの六年間で自分が少しずつでも成長していたんだとこの集会記録を書いていく中で感じました。講堂朝会では多くの方の考え方や生き方を学ぶことができました。この学びをここで終わらすのではなく、これからの日々につなげもっと自分自身社会に貢献できるようなそんな人になりたいなと思いました。今回の講堂朝会もまた一つの学びとなりました。ありがとうございました。
高校3年生が自らの成長を感じ、残り少ない西遠での日々への思いを書いてくれた集会記録、今回紹介したのは6人だけでしたが、そのほかの高3生の感想も素晴らしく、珠玉の感想文でした。読みながら何度泣きそうになったことでしょう。中学生の心にも届きますように。こんな素晴らしい成長を遂げた先輩が間近にいるという環境を、中学生もまた大事にしてほしいと心から思いつつ、中学生の感想提出を待っています。

