くまのおはなし

私の車には、ダッフィーと共に、黒いチェック柄のくまさんが吊り下がっています。
そのくまに関するエッセイを、2012年の2月に書き、当時の学年通信『旬』に掲載しました。
今日は、ちょっと昔のエッセイですが、「くまのお話」を再掲(一部修正)したいと思います。
よろしければ、お付き合いください。

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くまのおはなし
2012年2月10日の学年通信「旬」より

昨年1月に娘がフランス土産として、私に一匹のくまをプレゼントしてくれました。ダッフィーじゃありません。ビニール製・黒の格子模様・背中にチャックのついた、目のないくまです。

背中のチャックを開けると、彼はエコバッグを出してくれます。私は早速くまをバッグに取りつけてぶら下げ、どこへ行くにもお伴させていました。
学校帰りの買い物では、くま君、大変重宝しました。チャックを開ける時に「イタタタタ」と言うのです(いえ、言いません、私が代わりに言います)。
大きなバッグは、野菜やお肉、冷凍食品までいっぱい入れても大丈夫。
家に帰って再び背中からバッグを入れてあげると、元の小太りのくまに戻ります。
 
このくま、実は脱走癖があります。
最初に脱走したのは、浜松駅。コスタの本屋さんの前で、不意にバッグから身を投げました。ボトッという音で気づいたので、すぐに拾い上げ、つけ直しました。
それから数日後、彼はこともあろうに新幹線の車内で静かに身を投げ、新大阪駅を降りて初めてくまの不在に気づいた私をパニック状態にしました。
駅の遺失物のお部屋に行ったのは初めてでした。
そこで、「ビニールのくまさんで背中にチャックがあって…」と説明し、住所も書いて帰ってきました。
私は大事な物にもう二度と会えないのではないかという悲しみに、結構落ち込みました。
そんな私に母が送ってきたメールは「今頃くまちゃん暗いところで一人どうしているのかしらね、かわいそうに!」なんていう、まるで私の傷口にカラシもワサビも塗り込むようなメールでした…。
しかし、奇跡は起こりました。
幸運なことに彼は新幹線の座席下で見つかり、着払いの宅配便で我が家に送り返されたのです!
(その日、宅配のお兄ちゃんの脇をすり抜けて家出していった猫のジグルは、5カ月後の今も戻ってきません。)
 
金具を補強して再びバッグにぶら下がったくま君は、その後も家出願望を捨てませんでした。
九州研修中のバスの中、SPACの帰りのバスの中、…なぜか外出先で身を投げます。
その度、いろいろとつなぎ目を補強するのですが、いつか落っこちて会えなくなるんじゃないかという不安は日増しに強まりました。
 
そして、年末。
フランス旅行のお供に連れていくか私は迷いました。
フランス生まれの彼のこと、帰りたいんじゃないだろうか、そこで落っこちたら仕方ない…。
いろいろ考えた挙句、私はくまを旅行に連れていこうと決心しました。
すると…、出発の朝、彼は私の車の中でボトッ!…旅行拒否しました…。
浜松に残りたいという彼の意思を尊重し、私は彼を部屋に残してフランスに向かうことになりました。
 
パリで娘はくまを買った店に私を連れて行ってくれました。
ルーブルのすぐ近く、こぎれいな地下街にその店はありました。
そして、そこには、くま、くま、くま…。店内、色とりどりのくまがぶら下がっていたのです。(写真は紫色のくま軍団)

でも、私はその店でくまを買いませんでした。
「星の王子さま」が星に残してきた一輪のバラと垣根のたくさんのバラとの違いを悟ったのと、似たような気持ちでした。
店の中に私にとって特別なくまはいない、どれかを買ったら、日本で待つ彼に申し訳ない…と思いました。
(決してお金をけちったわけではありません)
帰国後、浜松を愛する彼とショッピングを楽しむ日々がまた始まりました。
しかし、運命は過酷です。
遂に金具が完全につぶれ、彼のぶら下がり機能はなくなってしまったのです。
それからというもの、彼は私の車の中にいます。
時にボトル入れの中に納まって運転席の私を眺めていたり、時に小さなバッグに入れられて店内をお供したりという生活です。
そのうち、修繕してくれる店を見つけたら、金具を直してもらおうと思います。
家出願望が復活するかもしれませんが、なるべく長く一緒にいたいと思っています。
 
ちっぽけな、くま君と私のお話です。

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その後のお話

①その後、くまを直してくれるお店が見つかり、今は運転席の後ろに吊り下がって、彼は穏やかにダッフィーと車番をしてくれています。
時々、買い物袋に変身してくれますが、あまり傷めつけたくないので、隠居生活を楽しんでもらっています。
②脱走猫のジグルは結局帰ってきませんでした。

「旬」について

「旬」は、2011年4月から2014年3月まで書き続けた、第66回生の高1~高3までの学年通信です。
毎週発行が基本で、お知らせやお願い、生徒の文章紹介、行事のご報告などなどを書き、たまにこんなしょうもないエッセイも載せさせてもらっておりました。
「旬」という名前の由来は、・・・ご想像にお任せ致します!笑