小さな白板2022 第4週

世はゴールデン・ウィークに突入。 ウクライナの地で爆撃におびえる人々のニュースを見ていると、本当に胸が詰まります。 遠く離れた日本でできることは何だろうと常に考えています。

作家の平野啓一郎さんは、「人を殺してはいけない、戦争をしてはいけない、といった、この世界の根本的な原則が揺らぐ時には、市民一人一人が声を発し、書き、言葉を通じてその原則を確認し合わなければならない。さもなくば、具体的な破壊だけでなく、原則そのものが破壊されていってしまう。」と呟きました。私にできることの一つとして、図書館入り口に置いた「小さな白板(ホワイトボード)」、今週は「平和特集」を組みました。

4月25日(月) かけっこのゴールは平和 よーいどん   藤井麻友

終戦から70年がたった2015年、「平和の言の葉」の俳句、短歌、川柳のコンクールがありました。その中から、川柳の部の最優秀賞を獲得した藤井真由さん(18歳)の作品を、週の初めに紹介しました。競走は人と1位を争うことだけれども、ゴールは笑顔と達成感あふれる「平和」でありたい、と心から思います。

4月26日(火)
私もゴジラは人類に警告を発する生物だと思っているんです。考えてみれば、ゴジラも東西冷戦の犠牲者ですよね。水爆実験のせいで、体に放射能を持つようになってしまった。  宝田明

映画「ゴジラ」の第1作に主演した俳優 宝田明さんが3月14日に亡くなりました。この言葉は、亡くなる3日前のインタビューで宝田さんが語った言葉です。

ゴジラは、原水爆の実験で生まれた怪獣として描かれています。ヒロシマ・ナガサキに落とされた原爆の悲劇を知りつつも、太平洋戦争後、次々と核を持つ国が増えていきました。自らも満州で終戦を迎え、やっとの思いで日本に帰国した宝田さんは、ゴジラという怪獣も「東西冷戦の犠牲者」だと考えていらっしゃる。私も、ゴジラを単なる娯楽映画としては見られません。昨年、小栗旬が出ているという理由だけで初めて映画館で見たゴジラ映画「ゴジラVSコング」に、私は猛烈に違和感を感じました。宝田さんが唱えるように「ゴジラ」に反戦の意味を込めた日本人たち作り手の思いと、勧善懲悪の大スペクタクルに仕上げてしまう映画とのギャップを感じたからだと思います。

インタビュー記事の中でも、宝田さんは自らの戦争体験を語っています。 (→記事はこちら
ちょうど、一昨日の放課後、中学1年生9名が、赤ちゃんの時に満州から引き揚げた足立道夫さんの戦争体験を聞きました。中1生と一緒にその体験談を伺いながら、3人のお子さんの命を守り抜いたご両親の苦難がいかばかりであったろうと想像し、家族のささやかな幸せを簡単に踏みにじってしまう戦争など、決して二度と起こしてはいけないのだということを痛感しました。

4月27日(水)
新型コロナウイルス感染症が自分の周囲で広がり始めるまで、私たちがその怖さに気づかなかったように、もし核兵器が使われてしまうまで、人類がその脅威に気づかなかったとしたら、取り返しのつかないことになってしまいます。 長崎市長 田上富久(2020年8月9日「長崎平和宣言」)

2020年8月9日の長崎平和宣言から、一節を紹介しました。コロナウイルスの脅威がじわじわと見に迫ってきた2020年、長崎市長は、核兵器の脅威もまた同じように知らぬ間に近づいてしまう危険性に触れました。手遅れになる前に核兵器をなくす努力を始めなくては、という宣言から2年近くたって、今、世界はロシアが核兵器を使うのではないかという具体的な恐怖の時を迎えています。既に「取り返しのつかないこと」になってしまっているのかというおののきを感じつつ、それでも、目を閉じ耳をふさぐのではなく、自分にできることをしていくしかないと思いました。

4月28日(木)
忘れないで、犠牲になっていい命など
あって良かったはずがない事を
忘れないで、壊すのは、簡単だという事を
もろく、危うく、だからこそ守るべき
この暮らしを
忘れないで
誰もが平和を祈っていた事を
          上原美春 「みるく世(ゆ)の謳(うた)」より

中学2年生以上の皆さんは、この詩を覚えていますか? 昨年の「沖縄慰霊の日」に沖縄全戦没者追悼式で詩を朗読した上原美春さん。その動画を夏休みに入る前の日、講堂で皆で見ましたね。

とても長い詩なので、もちろん全部をこの白板に紹介することはかないませんでしたが、もう少し、もう少しだけ白板が大きかったなら、この詩の続きの
 どうか忘れないで
 生きることの喜び
 あなたは生かされているのよと

というフレーズまで紹介したかったです。

動画は今も、こちらから見られますので、
ご家族でぜひご覧ください。素晴らしい詩の朗読です。

沖縄の中高生たちは、毎年「平和の詩」を書いています。その一編が、沖縄での式典でこうして本人の朗読によって紹介されます。この慰霊の式典の中継を出張帰りの車の中で偶然聞いて、沖縄の若者たちの平和への真っすぐな思いに打たれました。今、上原さんが、ウクライナの現状をニュースで見て、どんな思いでいるのだろうと考えます。「壊すのは簡単」「もろく、危うく、だからこそ守るべき、この暮らし」という表現が、心に迫ってきます。

西遠生は、毎年「平和の作文」を書いています。西遠の「平和への取り組み」は、地味ではありますが、とても大事な課題であり、戦争体験者の方と向かい合う時間や、本や新聞記事を読む時間、そして原稿用紙に向かう時間は、未来を担う若者たちにとってかけがえのない時間であると考えています。

今週は、中日新聞に「『戦争』伝え方 悩む学校」という記事が載りました。高台中学校の取り組みと共に、西遠も取材を受け、高校3年生の大村さん、高3主任の白井先生、そして大庭のコメントが掲載されました。ウクライナへのロシアの侵攻が始まって2か月、ニュースは長期戦になるのではないかとの懸念も伝えています。そんな中、学校ではどうウクライナ問題を扱えばいいのか、1時間の授業で簡単に結論が出る問題ではありませんが、少なくとも、西遠生は、5月の慰霊式に向けて、鶴を折りながら平和を願い、ニュースに触れながら命の大切さを想う気持ちは高まってきています。

1945年4月30日、まさに77年前の今日、河合楽器の工場が爆撃を受け、そこに動員されていた西遠の生徒たちが亡くなりました。そして、5月19日、鈴木織機の工場で、西遠生たちが爆撃の犠牲になりました。この二回の爆撃により、動員学徒29名、引率教員1名が亡くなりました。

緑なす平和の園に、今年も慰霊の時が近づいてきました。ローズガーデン入り口には、アンネの薔薇も美しく咲いています。今年の「殉難学徒慰霊式」は、5月12日(木)です。