小さな白板2022 第31週

図書館入り口の小さな白板(ホワイトボード)。暮れも押し迫ってきました。12月も半分を過ぎ、クリスマスムードの中、大寒波もやってきた第30週を振り返ります。

12月12日(月)  咳をしても一人      尾崎放哉

自由律俳句と言えば尾崎放哉。彼のあまりにも有名な句がこちらです。こんな孤独な俳句を週明けに掲げるなんて余計に寒くなるじゃん!と思ったあなた、ごめんなさいね。週の初めにこの俳句を掲げたのは、このあまりに有名な俳句がのちの人々の心に棲みついて、新しい文芸も生み出しているということをお伝えしたかったからなのです。和歌の世界では「本歌取り」という技法ですが、俳句から短歌というジャンルを超えた本歌取り的作品を火・水と紹介します。

12月13日(火) 
 咳をしたらひとりひとりのうたがいがあらわれてひとりにはなれない  野口あや子 

「短歌研究」2022年1月号で出会った短歌です。コロナウイルスの感染拡大の中で、公共の場での咳やくしゃみが憚られる時代になってしまいました。咳をしても一人、と歌った尾崎の世界とは全く異質の、咳をした途端に「あの人、もしかしてコロナ?」という疑心暗鬼の渦の真ん中に投げ込まれてしまうような世界。「ひとりにはなれない」という言葉が悲痛です。

「小さな白板」を始めてから、コロナを歌った短歌にたくさん出会い、何度か「白板」でも紹介しようと思いましたが、暗い気持ちにさせてはいけないなあと思ったり、今苦しんでいる子がいるかもしれない、と思って、書くのを躊躇(ちゅうちょ)してきました。今回、この短歌を書くのもちょっと迷いましたが、コロナ禍の今、尾崎放哉の俳句がこういうふうに影響を与えている、という意味で紹介しようと思い立ちました。

12月14日(水) 
 咳をしてもしなくてもリビングに人がゐて二人なのだと思ふ   荻原裕幸

「咳をしても一人」という尾崎放哉の名句からインスピレーションを得て生まれたと思われる荻原裕幸さんの短歌は、孤独とは逆に「二人」という家族の存在を感じる日常を詠んだ短歌です。私はこの短歌に出会ったとき、俵万智さんの「『寒いね』と話しかければ『寒いね』と答える人のいるあたたかさ」という短歌を思い出しました。「二人」という単位は、「一人」と対極になる言葉でもありますね。そこにあたたかさや愛がある世界、味わいながらホッとします。

12月15日(木) 冬ばらの蕾の日数重ねをり  星野立子

冬に咲く薔薇たちは、寒さの中で蕾を長くつけて、満を持して開花するように思います。この俳句を味わいながら、我が家の冬ばらたちに思いを馳せました、

5月の薔薇の時期に比べたら決して花は大きくありませんが、ひっそりと、でもきっぱりと咲く冬の薔薇には希望を感じます。

12月16日(金)
お前の悩みは、どんなものであっても、それはお前ひとりの悩みではない。はるか昔から、同じことで悩んできた者がいることを忘れるな。この先も、お前と同じことで悩む者がいることを忘れるな。お前ひとりではないんだ、決して。
       「鎌倉殿の13人」9月4日放送第35回『苦い盃』より 

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」がいよいよ今夜最終回を迎えます。私の大好きなこのドラマから名台詞(めいぜりふ)といわれているものを紹介します。

9月4日放送第35回『苦い盃』では、歩き巫女(大竹しのぶ)が、3代将軍源実朝に、この言葉を告げました。「鎌倉殿」と呼ばれる宿命を背負い、孤独で逃げ出したいような思いを抱いた若者が、この巫女の言葉に救われます。それは、次代をはるかに超えて、現代の私たちにも希望をくれる台詞でした。大竹しのぶさんのサプライズ出演に沸いた週でもありましたが、その後、彼女は実朝暗殺の現場にも表れる重要な役どころを、圧巻の演技で魅せてくれました。

12月17日(土) 
 戦など…誰がしたいと思うか!  「鎌倉殿の13人」第36話『武士の鑑』より

「鎌倉殿の13人」より、中川大志さんが演じた 畠山重忠の台詞です。第36回「武士の鑑」は、1205年の畠山重忠の乱を描いた回でした。思いとどまるように説得する和田義盛に対して、彼は叫んだのです。「戦(いくさ)など、誰がしたいと思うか!」

今週、「今年の漢字」が発表されましたね。「戦」でした。戦なんかしちゃいけないのです。畠山の叫びは、今年の世相にも大きく通じる台詞でした。

この言葉を書いたら、「先生、今日の白板、よかったです!」と話しかけてくれた生徒がいて、とってもとっても嬉しかったです。今宵「鎌倉殿の13人」最終回、心して観ましょう。