市民歌壇が教えてくれる

「小さな白板」を図書館に掲げるようになって、3年目を迎えます。「短歌研究」という月刊誌を購入するようになり、気になる歌集も買うようになりました。本の形で届く短歌の世界を、ポストイットを片手に持ちながら読み進める楽しさ。この短歌いいな、と思うと、ポストイットで印をし、のちに「小さな白板」用のシートに書き留めます。

こんなシートです↓ 

月々の歌を書き留めるうちに、たくさん蓄積された歌や言葉を、いつしか分類して取っておくようになりました。何月にふさわしいものなのか、どんなテーマのものなのか、と。例えば、昨年のうちに書き留めた歌たちがこちらです。3月に紹介したいな、これは5月かな、というふうに。下は、ちょうど1年前の「2022年5月」のページのストック部分です。この中のいくつかは、その後、白板に登場しました。

右端の出典欄を見ると、「短歌研究」に混じって「朝日歌壇」と書かれたものもいくつかありますよね。購読している「朝日新聞」には、毎週日曜に「朝日歌壇」「朝日俳壇」が掲載されます。読者が寄せる短歌と俳句を鑑賞することが、「小さな白板」を書くようになった私のルーティンになりました。「市民」による「歌壇」が教えてくれるものは、気づき、発見、感動、・・・たくさんあります。

2020年、生徒の皆さんの心に刻まれたあの歌も、朝日歌壇で出会った短歌です。8月23日の朝日新聞「朝日歌壇」に掲載されたこの歌に出会ったとき、はっとさせられました。

「本当なら今ごろは」ってみんな言う本当なんてどこにもないのに  上田結香

この歌は、昨年の高校卒業式で、卒業生代表の「答辞」にも登場しました。コロナの中でどう考え、どう動いていけばいいのかについての道しるべのような短歌でした。作者の上田結香さんとは文通させていただくことにもなりました。私にとっては「出会い」の歌でもあります。

2021年の母親学級の講座の日に白板に書いた短歌も、朝日新聞掲載の一首でした。

平凡がつづく日常の幸ひは娘のゐること娘と居ること    松尾さくら

朝日歌壇2021年11月28日に掲載された短歌でした。女子校の保護者の皆さんには一番共感できる短歌ではないかしら、と書き留めたものです。私自身も、娘を持つ身。娘といられることは幸せなことだと思います。(あ、わたくし、息子もいますので、娘とは違った意味で幸せなことも申し添えておきます。今日は息子の誕生日。笑)

朝日歌壇には、時の事件やイベント、政治状況、有名人の訃報などをテーマにした短歌が掲載されることも多く、世の中のどんなこともこうして「みそひともじ」の芸術になるのだなあと感嘆するばかりです。時機を逸してしまって白板に書けないことも多いですが、例えば、こんな短歌を私は書き留めてあります。

北の地に黒板五郎は生きていて静かに逝きし田中邦衛    
稲村忠衛(朝日歌壇2021年5月9日)  

嫗(おうな)一人瓦礫の中に暖のため木片拾うウクライナの冬
瀬口美子(朝日歌壇2022年11月27日)

トロフィーを子猫のようになでているメッシの髭と小さなエクボ
北川泰三(朝日歌壇2023年1月22日)

そして、この前の日曜日、4月16日の朝日歌壇には、3月に亡くなったノーベル賞作家 大江健三郎さんを偲ぶ短歌が数多く寄せられていました。

  • 大江さんのまなざしにゐた光さんの「静かな生活」CDに聴く  松井 恵
  • 胸中の激しい感情表現す大江は言葉で光は音で  山下栄子
  • ヒロシマと沖縄という良心がわが本棚にあり大江さん逝く  今西富幸
  • 芸術は政府のものにあらざると文化勲章辞せし人逝く  上田国博
  • 卒論のテーマの大江健三郎逝きて徹夜の青春はるか  鬼形輝雄
  • 優しげな丸メガネの奥に敢然と九条のあり大江さん逝く  大熊佳世子
  • 原稿を何時も律義に準備して大江健三郎の「九条の会」  中居周防
             2023年4月16日「朝日歌壇」より

たくさんの方が大江さんの死を短歌という形で悼んでいます。掲載された短歌の中に、たくさんのエピソードを持った大江さんの横顔が次々に浮かんできて、私は紙面を読みながらじわーっとしてしまいました。

一首目の松井さんは浜松市の方です。光さんは大江健三郎さんのご長男です。「ヒロシマノート」「沖縄ノート」私も読みました。文化勲章を辞した時、大江さん本当にカッコいいなと思いました。

また、国文学科出身の私は、 四種目の短歌に触れて、 大江健三郎を卒論に選んで格闘していた1年上の先輩のことを久しぶりに思い出し、懐かしい気持ちになりました。O先輩お元気でしょうか。

市井の人々の短歌が日曜朝に新聞掲載され、それが読者の心に沁みこんでいく…。「朝日歌壇」を楽しみにしながら、市民歌壇が教えてくれる事柄の多さに改めて感謝しています。
次の日曜、どんな短歌に出会えるでしょうか。