10月17日の講堂朝会の感想、週末を利用してチェックしました。学校の歴史を、学校誌「友情」をひもとくことで探った訓話。生徒たちはいろいろな発見をしたようです。
新たに紹介したい素敵な感想もいくつかあったので、紹介しそびれたものも加えて、第4弾、行きます!

私は「友情」ファン!
私も、「友情」が配られたらすぐに読みます。学校での行事とか、部活のこととかが載っていると、とても嬉しい気持ちになるし読んでいてとても楽しい気持ちになります。そして何よりも、友情編集委員が作ってくれたから読みたいという気持ちが一番大きいです。学年に友情編集委員がいて、いつもカメラを持って忙しい中作っていると思うと、頑張ってくれてるから早く読みたいな、どんな文を書くんだろう、というワクワクした気持ちでいます。私は一年の終わりにもらう「友情」が好きです。理由は、友情編集委員の感想みたいなのも書いてあるし、体力テストでみんなどのくらい取れたんだろうと見るのも好きだからです。これからの友情も楽しみです!!!!(高校1年)
私はいつも「友情」が渡されるとしっかりと最初から最後までしっかりと読みます。自分の知らない誰かの活動などを知ることができたりして楽しいからです。私がもし友情編集委員だったら内容を読んでいる人が一回読んだだけでもすぐに入ってくる内容にしたり、字のバランス、文字数など沢山のことを気をつけます。友情編集委員は少ない人数でこんなにすごいものを作っていると考えるととてもすごいと感謝の気持が出てきます。(高校1年)
『友情』を読むことは私の中でのちょっとした楽しみです。写真とともにその出来事について詳しく書いてあり、ふと見返した時に「あー、こんなことあったな。」『この時に〇〇ちゃんとこんなことしたっけ。」といったちょっとした思い出を振り返ることのできる第二のアルバムだと思っています。その「友情」が様々な変遷を経てここまで歴史が続いていたことに驚愕しました。友情の始まりは大正13年に始まった『袖師賀母里』という冊子が始まりで校歌の歌詞から取っているのか…と納得しました。漢字だけの『袖師賀母里』から『フレンドシップ』に変わったと聞いて「え、漢字だけだったのに横文字になった!?」と少し驚きました。でも、この変化が当時の西遠に新しい風を吹かせたのではないかと思います。それでも、戦時中には「フレンドシップは敵国語だ」という理由で『友情』に変わった。その上、紙の統制も始まって当時の友情コレクターの先輩方は悔しかったと思います。終戦後には、また「フレンドシップ」に戻りましたが、最終的には『友情』になって、個人的には「フレンドシップ」でも良かったのでは?と感じつつ、「友情」のほうが大人らしさを感じて好きという矛盾を感じました(笑)。友情の歴史を知ることができて面白かったです。(高校3年)


「友情編集委員」を意識する
私はこの前初めて「友情」をもらったとき、気になるところだけ読んでそのままにしてしまいましたが、「友情」にはとても長い歴史があり、たくさんの人の想いが詰まっていること、先輩たちが手間暇かけて作ったことを知り、次の「友情」も、この前もらった「友情」もしっかり読もうと思いました。また、私が「友情」を書く側もしくは読む側どちらになったとしても、今日学んだことを生かして行動しようと思いました。(中学1年)
わたしは正直に言うと今まで友情をあまり真剣に読んだことがありませんでした。配られた直後にパラパラっとめくり気になったページや知り合いが載っているページだけを読みながら友達と談笑する程度で、校長先生のように1ページ1ページびっしりと書かれた文章を最後まで読む、といったことはしてきませんでした。ですが、過去の友情編集委員の方の言葉や文化祭の120周年記念展示を見て、いろいろな人のいろいろな想いが積み重なってできたものを無下にしてはいけないなと感じました。同時に、わたしは友情編集委員に興味が出てきました。夜遅くまで原稿を書き上げなければならないような過酷で忙しい仕事だということは十分理解していますが、だからこそそうやって完成した自分の文章を読むのはとても感慨深いのではないでしょうか。小学校時代に放送委員に所属していたとき、放送の原稿は委員が書くという方針だったため、日常的に長い文章を書かざるを得ない状況にありました。書いている最中は本当に大変なのですが、いざ完成して全校に放送するとなったとき、数日前の大変さが嘘のようにとても楽しかったのを覚えています。きっと友情の編集委員にもそんな感覚を感じることがあるのだろうと思います。今日のお話を踏まえて、今後友情が配られる際はそういった気持ちも汲み取りながら読んでいきたいです。(中学2年)
友情はもらった日に全部見ています。仲間の活躍や先輩方の活躍も拝見し、こんなことがあったんだと知らなかった情報がしれます。西遠の卒業生の言葉などもありいつも興味津々で読んでいます。3年生から友情編集委員が選ばれたその子は大変そうで、取材に行くのも緊張していました。しかし「友情」が配られたら幸せそうに「友情」を見ていて、大変だけど何人かで「友情」を作り上げるのはすごいなと感じました。(中学3年)
私は「友情」をもらったとき、あまりしっかりとは読んでいなかったけど、講堂朝会の後、もう一度しっかりと読んでみました。しっかり読んでみると、今まであった行事や大切な思い出が載っていて、その時のことを思い出して笑ったり、文章の書き方や写真の使い方などから、作った人の思いや大変さ、凄さを感じることができました。私もこの歴史で繋がれてきた「友情」を大切に持っておきたいと思いました。(高校1年)
私は友情を読むのは好きな方で、色々なページをかいつまんで読んでいます。しかし、作る側のことはあまり考えたことがありませんでした。友情編集委員の友達がたまに友情の記事を書かないといけなくて大変だという話を耳にするぐらいで、何がどのように大変なのか考えたことがありませんでした。改めて考えると、字数いっぱいに記事を書いて、インタビューだったらその方の経歴を正確に書き、文の表現も被らないように変えて書いていると知って友情編集委員の大変さの片鱗が見えた気がしました。(高校1年)
昔の「友情」に思いをはせる
今回の講堂朝礼と学園祭でいつも以上に西遠の昔に触れることができました。自分は学園祭で友達と時間があるときに120周年展をみました。部活のシフトが迫っていてあまり詳しく見ることはできなかったのですが、昔の西遠を除いているようで面白かったです。自由閲覧の「友情」を見たのですが、知っている先生の顔を見かけたり、当時の生活や環境などを見れたりと普段はできない体験をさせてもらいました。表紙や書き方などに個性も出ていて面白かったです。今回の講堂朝礼で見た友情の表紙も個性があってとても良かったなと思いました。美術選択生が描いた友情の表紙は一人ひとりの友情に対する想いを感じました。全員に個性があり、一人ひとりの世界観がある、素敵な表紙が沢山ありました。(中学2年)
私は学園祭の120周年記念室に2日間合計で1時間いたなと思いました。1回目は友達と、2回目は母と訪れたときです。母が卒業生ということもあり、昔の「友情」の中から母を探すのが楽しかったです。講堂朝会で、その「友情」についての歴史も知ることができて嬉しかったです。相当昔からあるのだなとは思っていましたがまさか戦前から元となるものがあるとは、素晴らしいと思いました。歴代のそうそうたる友情編集委員さん、お疲れ様でした。(中学3年)


改めて、学園の歴史を考える
学園祭で120周年記念室に行き、制服の変遷や校舎写真を見たり、「友情」をみたりしてみて、今までよりも「西遠という学校は自分が思っているよりも深く、長く、愛されている歴史がある」のだと感じました。(高校1年)
記録を残すことは、過去と現在、そして未来をつなぐことなのだと感じた。昔の人たちが残してくれた記録があるから、私たちは学校の歴史を知ることができる。だから、今の自分たちの学校生活も、未来の人たちにとって大切な記録になるかもしれない。これからは、学校行事や委員会活動などにも積極的に取り組み、一つ一つの経験を大切にしていきたい。そして、学校で学んだことや仲間と協力した思い出を、いつか振り返ることができるように、毎日の学校生活を大切に過ごしていきたいと思った。(高校1年)
いつも「友情」が届いた瞬間に開いて友達と共有し合っています。学園祭で過去の「友情」を見ることができなかったので、卒業前に図書館に足を運びたいと思います。また、中学生の頃はあまり友情編集委員について考えることはあまりありませんでしたが、友情編集委員の友達が作っているんだと思ったらしみじみしました。こうして今、120周年の記念すべき年に学校に通い、歴史の1ページを私も作っているんだと考えたら、とてもすごいことだし、自分が卒業までの間にできることをやらなければいけないと集会記録を書いている今、感じています。前回の友情には、進学実績と平均点が載っているページがありました。次は自分の番なのだと考えると、時の流れの早さを感じるとともに、必死で頑張らないといけないと思わせられます。今の自分の進路に不撓不屈の精神で妥協することなく進んでいき、笑顔で卒業します。(6年)

「友情編集委員」は語る
今回の講堂朝会のテーマが「学園の歴史」ということで友情の話が挙がっていて、友情編集委員に選ばれた私にとても関わっている話だと思い、いつも以上によく聞いてメモをとっていました。友情編集委員に必要な力や調べた人の記事に必要なことなど新たにたくさんのことを学ぶことが出来ました。「ぴったりな字数」はこれからよく意識していきたいです。決められた字数でどれだけその状況などについて詳しく説明できるかは国語などでもとても大事になってくると思うのでこれからの3年間でその力をどんどん伸ばしていきたいです。学園祭で展示されていた120周年記念の特別の展示教室をシフトや部活の合間に少しですが見に行きました。教室全体に西遠の歴史がわかるものが展示されていて、私は、120周年というこんなにも長い歴史を持った学園に通っているんだなと改めて実感することが出来ました。また、120周年という節目の年に西遠に通えていることの凄さなどを意識して生活しないといけないなとも思いました。友情編集委員は誰でもが体験できるものじゃなくて特別なものだと思って、これからの友情編集委員生活を頑張っていきたいです!まずは学園祭の記事を仕上げます!!(中学3年)
私は友情編集委員会に入っています。校長先生が色々「友情」のことについて語っていたのを見て私は嬉しく思いました。これからも頑張ろうって思いました。また、友情編集委員に対して必要な力なども学ぶことが出来たのでとても良かったです。愛読者のためにも頑張り、目が話せない友情を作っていきたいと思いました。そして、「友情」にもいろいろな歴史があることがわかりました。歴史を受け継いでいくという思いを待って原稿を考え、写真を取り、取材をしていきたいです。今まであまり興味がなかった人も、興味を持ち始めるきっかけにもなったと感じます。全校の方が興味を持って読む、楽しんで読む、夢中で読む、その様な友情を作っていきたいです。取材も緊張して真顔とかでしてしまうので、友情編集委員と言う自覚をもっとし取材をさせていただくんだ、ありがたいなと思いながら笑顔で取材をしていきたいです。取材をさせていただいた方にも取材を受けてよかったと思われるような原稿を書きたいです。これからの友情も楽しみにしていてください!(中学3年)
校長先生のお話を聞いて、私たちが作っている『友情』の深い歴史にとても驚きました。記事作成では、いつ・どこでだけでなく「意味」を伝える大切さを実感しました。人物紹介の話し合いでも色々なアイデアが出て、とても勉強になりました。戦時の厳しい中でもガリ版刷りで『友情』を守った先輩方に胸が熱くなります。『フレンドシップ』の時から、西遠の歩みと生徒の想いが脈々と受け継がれています。時代が変わっても、自分たちで学園を良くしていく気持ちは昔から変わらないんだなと思いました。過去の『友情』を自由に読めるようになるのも、本当に素敵な取り組みだと思います。副編集長として歴史あるバトンを受け取り、気持ちが引き締まる思いです。取材相手の魅力を引き出し、みんなが楽しめるページ作りを目指したいです。単なる記録だけでなく、参加した生徒の真剣な表情や熱気までしっかり残したいです。未来の西遠生にも当時の雰囲気が伝わる誌面にしたいです。一つひとつのページに心をこめて、誇りを持って残せる一冊にしていきたいです。先輩方の伝統と想いをしっかり引きついで、新しい『友情』を作っていきたいです。(高校2年)
私自身、かつて友情編集委員として誌面づくりに携っていたためやり方などにこだわっていたことを思い出しました。現在は最高学年である六年生となり活動は引退しておりますが、朝会のお話を聞くうちに当時の試行錯誤や取材の緊張感が鮮やかによみがえり、どこか懐かしい気持ちがしました。自分たちが手掛けた仕事が、こうして長く続く「友情」の歴史の一ページとして残っていくことの意義を、立場を退いた今だからこそ実感しています。
「友情」の歴史は、本校の生徒一人ひとりの挑戦と成長の記録そのものです。先輩が紡いでくださった伝統のバトンを受け取り、後輩たちへ繋いでいくことの大切さを学びました。元・編集委員としての誇りを胸に、残り少ない学校生活を一日一日大切に過ごしていきたいと思います。(高校3年)
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怒涛の感想掲載でした!
今回、集会記録のチェックをしていて、嬉しかったことがあります。
それは、今回の感想を深めて常々思っていることを書いてくれた生徒や、以前私が勧めた本を読んでその感想を書いてくれた生徒がいたことです。一方通行ではない幸せを感じております。集会記録、全員読ませてもらうことにしてよかった!と心から思っております。


