小さな白板2022 第29週

図書館入り口の小さな白板。11月最後から12月初めにかけての第29週のラインナップを振り返ります。

11月28日(月)・29日(火)
やねのむこういつちやつたね、と手を振る児よ父に飛行機(ぶーん)はまだ見えてゐて 
                  黒瀬珂瀾        

黒瀬さんの短歌は、父親が幼児を温かい目で見守っているものがたくさんあり、微笑ましくもなぜか切なくなる短歌が多くあるように思います。ブーンが行っちゃったと呟く子には見えない世界が、大人の背丈の自分にはまだ見えている…。子どもには届かない世界が大人には見えていることは、果たして幸せなのかどうなのか、考えさせられてしまいます。

11月30日(水) 木瓜の実のいづれもファニーフェースかな   吉田みのる

朝日俳壇で2022年11月27日に見つけた一句。私も学園に第67回卒業生の記念樹「木瓜」が植えられてから初めて、木瓜の木に大きな実がつくことを知りました。

確か木瓜の実の記事があったはずだ、と思って、当ブログの検索で「木瓜の実」を検索しましたら、2016年10月の「実りの秋」で木瓜の実が紹介されていました。

こうして誰かがベンチに置いてくれた木瓜の実一個見ていると、ファニーフェイスという言葉がぴったり来るような気がしませんか? どうやらおいしくないので食用にはならないそうですが、だからこそ、ファニーフェイスというかポーカーフェイスというか、のんびりマイペースで自己主張しているようにも感じます。愛すべき実!

12月1日(木) 
 地球に 種子(たね)が落ちること
 木の実がうれること
 おちばがつもること
 これも 空のできごとです
   岸田衿子「地球に 種子が落ちること」

岸田衿子さんの詩を読む時、凡人の私の目に見えない何かを岸田さんは見つけていらっしゃるのだろうなと想像してしまいます。壮大なスケールで、小さな小さな出来事や音を拾うような繊細さ。地球と空という大きな事象と、木の実と落ち葉という日常の小さな事象とが、とてもマッチしているように思います。自然への畏敬の念をも感じさせる詩です。

 12月2日(金) 
 「言葉にはできない」という言葉ならジョーカーみたいにつかいまくって  枡野浩一  

いやー、これ、すごい皮肉みたいになっちゃって、焦ってます。「言葉にできない」ってやたらに使って誤魔化さないでね、という意味だったんですけれど、ワールドカップで日本代表が一次リーグ突破を決めたその日の白板が、この短歌でした。試合後の吉田麻也選手の「えー、言葉にできませんね」のインタビューも知る由もなく…笑。タイムリーと言えばタイムリーな、毒気にこそ魅力のある枡野さんの一首でした!

12月3日(土) 
 信じるものがもしないなら
 それは君が心を開かないから 
 心の壁を破ってごらんよ
 見過ごしていた世界がすぐ見えてくる
    チューリップ「心を開いて」より(作詞:財津和夫)

週末は、好きな歌の歌詞を。「心を開いて」という曲は、チューリップのコンサートでよく歌われる曲です。現在ファイナルツアーの真っ最中ですが、財津さん、終わりなんて言わないで、チューリップメンバーで歌い続けてほしいな。

☆  ☆  ☆

我が家の薔薇が二つ咲きました。蕾もひとつ。寂しい冬の庭に光が射したようです。

冬薔薇と書いて「ふゆそうび」とよみます。この凛とした言葉を知ったのは、弁護士の堀田力さんのエッセイでした。凛としたお母様の思い出を綴ったエッセイだったと記憶しています。