小さな白板2023 第39週

図書館入り口の「小さな白板(ホワイトボード)」、なんとなく旅情をかき立てられる季節なので、『旅』をテーマに一週間。

10月23日(月)
東京タワーに初めて僕がのぼった日二色ソフトが輝いていた

      穂村弘

憧れの名所、高いところ。幼い頃の「初訪問」の高揚感が伝わってきます。二色ソフトでさえキラキラと輝いて見える、特別な世界。無邪気な感動っていいなあ。幼いころ連れて行ってもらった場所は、きっとすべてが輝きを放って記憶されているのだと思います。

10月24日(火)
目を閉じていても線路の轟音で河だとわかる眠りの浅瀬
       千種創一

『旅』シリーズ(勝手につけてます)2日目は電車がテーマ。列車に乗ってどこかに行く、それはもう小さな旅の始まりです。
この短歌、通勤列車の中のことかもしれませんね。電車の揺れは、座っている乗客に睡魔を呼び寄せますね。しかし、浅い眠りなので、ガタゴトいう連続音のわずかな違いにも気づくのかもしれません。音が変わった、今、橋を渡っているのだな、と。乗り慣れた路線ならではの把握力かもしれないですね。

10月25日(水)
うつらうつら「天国」と聞き目を開くホーム明かりて地下駅「千石」
      大島範子

「千石」駅は都営地下鉄三田線の駅。地下鉄の中でうつらうつらしていた作者の耳に「てんごく」という言葉が聞こえて目を開けると、そこは地下鉄の駅の「せんごく」だったということでしょう。ホームの明るさも「天国」みたいです。ちょっとした聞き間違いがなんとも素敵。きっとお一人だと、そんな聞き間違いも誰にも言えないで心の中で苦笑しているだけでしょうが、短歌になれば、読んだ皆が微笑んでしまいます。
作者の大島さんは「ゼームス坂」という歌集を出しておられます。ゼームス坂と言えば、高村光太郎の妻智恵子の最期の場所(彼女はゼームス坂病院に入院していました)です。とても惹かれる歌集タイトルです。

10月26日(木)
延暦寺根本中堂のくらがりにさまざまな僧のをりて動きつ
      小池光

旅の舞台は西へ。比叡山延暦寺にやってまいりました。由緒あるお寺の厳粛な雰囲気が「延暦寺根本中堂」という漢字表記にも感じられます。歴史あるお寺の暗がりの中では僧たちがそれぞれ無言で動いています。彼らのすきのない動きにも、凛とした空気が流れています。緊張感のある『旅』の一首です。

10月27日(金)
笠智衆みたいに海見る猫がいて尾道御寺甍(いらか)堂々
      磯前睦子

延暦寺から、次は尾道へ。私は尾道にまだ行ったことがありません。映画やドラマで見るたびに、行ってみたい場所の上位に上がる土地です。坂の多い町、そこにいる猫のまなざしが、まるで、今は亡き昭和の名優 笠智衆(りゅう・ちしゅう)さんのような眼差しだった…。老猫でしょうか、達観した、穏やかなまなざしだったのかもしれません。猫と、御寺の甍と。尾道の横顔のような短歌です。朝日歌壇2023年4月30日に掲載されました。
笠智衆さんは、「男はつらいよ」の和尚さん役で知られますが、私は山田太一さんが描いたドラマ「ながらえば」「今朝の秋」の彼が忘れられません。

10月28日(土)
飛行機の窓より見たり青黒き大洋、背骨のようなロッキー
       五十嵐順子

『旅』シリーズ最終日は、遂に飛行機に乗って海外へ! 青黒き大洋に、背骨のようなろーっきー山脈。アメリカ大陸への旅なのでしょう。雄大なパノラマを空から確かめられたら、生の地図を見ているみたいで、圧巻でしょうね。飛行機の旅は、だから窓側でなくっちゃ!と言う人も多いことでしょう。これから研修旅行で飛行機に乗る高校2年生も、中学3年生も、どうぞ仲良くパノラマを堪能してくださいね。

来週は定期テストの週。そして、高校2年生は研修旅行の週です。良い一週間となりますように。