小さな白板2023 第41週

図書館入り口の「小さな白板(ホワイトボード)」、今週は10代の心に響きそうな短歌をセレクトしてみました。秋から冬へ、立冬を挟んだ一週間の白板を振り返ります。

11月6日(月)
このバラも誰かのバラになればいい閉園の夜空へ飛び散り
     天野慶

何のことかな、と思った人も多いでしょう。これは、天野慶さんが「星の王子さまミュージアム」の閉園を惜しんで詠んだ短歌の中の一つです。箱根にある「星の王子さまミュージアム」は、コロナ禍や建物の老朽化を理由に、今年の春、閉園しました。閉園を知り、ミュージアムを訪ねた作者は、そこにバラの咲いているのを見つけたのでしょうか。王子さまは星に一輪のバラを残して旅に出ましたが、かけがえのないバラのもとに帰ろうと決心して、地球を後にするのです。ミュージアム閉園の夜、そこに咲く薔薇もまた、空へと飛び散って、誰かのもとに行くといい…。王子さまのストーリーとミュージアムという空間の両方に捧げられた短歌のように思われて、心に静かに沁みました。(ホワイトボード、「へ」を「に」と誤記してしまいました。今気づきました。申し訳ありません。)

私もまた、去年のちょうどこの季節に、箱根へのドライブに出かけ、母と二人で「星の王子さまミュージアム」を訪ねたのでした。閉園前に訪ねたいという思いを抑えられずに行ったミュージアムの庭には、秋のバラが咲いていました。

木々の紅葉も美しく、青空と燃えるようなモミジの赤が本当に美しい一日でした。ここは今どうなっているんでしょう。王子さまはいなくなっても、モミジは伐られずにそこにあって、また美しく色づいているといいな、と浜松から祈るような気持ちで、かの地の今秋を想っています。

11月7日(火)
階段を転がるように降りていく枯れ葉は風の靴であること
    土岐友浩

枯葉が風に舞いながら、勢いよく階段を降りていく様子が頭に浮かびます。カラカラと音を立ててくるくる回るように動く枯葉を、まるで風が履いている靴のようだと思う作者の素敵な想像。体言止めのこの歌は優しくすうっと私の心に入ってきました。枯葉舞う光景も、晩秋の愛おしい一瞬です。とても端正な短歌に思われて、10代の皆さんにも届けたいなと思いました。

11月8日(水)
あきさめに小鳥の寒さおもひをれどわがひざかけは空をとべざる
    渡辺松男

なかなか寒くならないので、白板に紹介するのをずっと待っていたら、立冬の日になってしまいました。失敗失敗。
冷たい秋雨が降る日、雨に濡れている小鳥の寒さを想像して温めてあげたいと思うけれど、残念ながら私のひざ掛けは空を飛べないのである…。
作者の、ひざ掛けを貸してあげたいと思う優しさと、体が自由にならないもどかしい心の内とが、三十一文字から伝わってきました。

11月9日(木)
ごめんねを言うタイミング逃しつつ渡り廊下にこぼす言い訳
     千葉 聡

ちばさと先生、これは生徒の気持ちを詠んだのでしょうか、それともご自身の後悔を詠んでいるのでしょうか。
「ごめんね」って言葉はこんなに短い言葉なのに、言うタイミングは本当に難しいし、言うにはありったけの勇気が必要で、なかなか素直に謝ることができません。昨日の「親子で語る」でも親子喧嘩の収め方が話題になっていました。親子でも難しいのですから、友達同士だと余計に難しいですよね。
誰しも思い当たる、そんな短歌です。

11月10日(金)
「どうしたの」ふいにやさしく言われたらほどけてしまう表面張力
     太田千鶴子

優しさに触れた時、張り詰めていた思いが思わず緩んで涙が出てきてしまう…。そんな経験、誰もが味わったことがあるのではないでしょうか。張り詰めた思いが堰を切って…という瞬間を「表面張力」がほどける、と歌うなんて、なんて的を射た表現!やられた!と思いました。この歌に共感する生徒が多いんじゃないかな。

11月11日(土)
たとえ今でたらめな雨が降ろうとも世界は君を拒みはしない
     田川郁代

誰にでも、応援してくれる存在があるのです。あなたをずっと応援してくれている人から精いっぱいの愛をこめて「君」に宛てたメッセージだと思って読んでほしいなと思いました。
「でたらめな雨」は、理不尽な環境や、どうしようもないような逆境とも取れますが、でも、世界は君を拒んだりしないよ、大丈夫だよ、と背中を押してくれる歌です。
悩んだ時には、世界の誰かが支えます。たくさんの人があなたを受け入れます。あなたは一人じゃありません。

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ナンキンハゼの紅葉が進んでいます。職員室南のこの木のグラデーションを楽しめる季節が、今年も遂にやって来ました。