小さな白板 第45週

図書館入り口の「小さな白板(ホワイトボード)」、3月7日からの週を振り返ります。

3月7日(月) 
あなたのなかで自分を見ている目がある。いちばん大切にしないといけないのは、そしてある意味で、いちばん見栄を張らないといけないのは、いいかっこしないといけないのは、じつは、他人の目ではなく、この、自分のなかの目です。            梨木香歩

梨木香歩さんの「ほんとうのリーダーのみつけかた」は、今までにも何度か紹介した本です。自分が一番大切にすべきもの、見栄を張るべきもの、いいカッコすべきものは、「自分のなかの目」だと、梨木さんは言います。どこかにいるリーダーを探すのではなく、自分自身の中にリーダーを持つように、と書かれたこの本。梨木さんの心の中には、長い年月、吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」が住み続けているそうです。自分の軸を持ち、ぶれずに生きていくことの大切さを、この本から教わることができます。それは、吉野さん→梨木さん→読者へとつながっていく大事な教えです。

3月8日(火) 風という名の青年の歌う声わが総身は瞬時に芽吹く   松村由利子

藤井風という名の青年が昨年の紅白に出ました。私はそれまで一度も彼の歌を聞いたこともなかったし、名前だけが先行していて、お顔もどんな活躍をされているかということも知りませんでした。部屋着にスリッパ履きで紅白の舞台に現れた衝撃。ざわつく会場に響き渡った彼の歌…。「短歌研究」3月号を読んでいてこの短歌に出会い、彼の歌を聴いた衝撃がこうやって三十一文字になるのだなあと感激しました。

3月9日(水)
女性の歴史は、人間の一方の性にとって、「平等」を獲得するのが、どんなに困難であり続けたか、もう一方の性からの偏見を除去はおろか減少させるためにも、どれだけ大量のエネルギーを必要としてきたか、をものがたっています。        鹿野正直・堀場清子

いつも、この白板は前日の夜に書いておきます。この前日(つまり3月8日)は、国際女性デーでした。この日、いろいろな新聞記事に出会い、いろいろ考えさせられて、翌日の白板の言葉をこれに決めました。この文章の出典である 岩波ジュニア新書「祖母・母・娘の時代」(鹿野正直・堀場清子著)は、以前西遠の中学3年生の「必読図書」の一冊でした。明治から昭和へ、親子3代の年月に当たる約150年間の日本の女性史をまとめたこの本を、私自身も中3の担任になった年に読み、心が震えるのを感じました。自分が当たり前に生活していることが、ちょっと前までは叶わない夢だったということや、それを当たり前にするためにたくさんの女性たちが日々奮闘し権利を勝ち取ったのだということを、この本に出会うまで私は全く意識したことがなかったからです。その後この本は絶版になってしまって、必読図書からすすめる本に降格してしまいましたが、女性史を俯瞰するためにも、ぜひとも西遠時代に読んでほしい本です。岩波さん、ぜひ復刊を!

3月10日(木) 鉄柵を叩けばドレミは鳴るけれどもっと遠くにある 空も詩も  千葉 聡

鉄柵を叩いてドレミを鳴らす…。これも、前日9日の音楽コンクールのボディーパーカッションに刺激されて選んだ短歌です。先取りして9日に飾ればよかったなあと、行事のあとで気づくとは…後悔先に立たず(笑)。でも、中学生のエネルギーに刺激されてこの短歌にたどり着いたのですから、生徒の力ですね。

この短歌、とってもしゃれていると思いませんか?ドレミのあとの、空(ソラ)と詩(シ)。教頭先生が「ファもありますよ、ほら」と白板の「遠くに」の文字を指さしました。そう、遠い=far ですよね。うわあ、ドレミを、音階を、こんな壮大な素敵な短歌にしてしまうなんて、ちばさと先生、本当にすごいです。

実はこれまで、この短歌をうろ覚えで勝手にソラシドの歌と名付けて「どこに書かれていたっけ?」と何度も「グラウンドを駆けるモーツァルト」のページを繰ったのですが、探し方が荒くて見つかりませんでした。でも、3月初め、再会できたのです。嬉しかったなあ。それまで、出会ったその日にメモすべきだったと何度悔やんだことか。でも、こうやっていつかまためぐり会えるというのも、「いい歌」「大事なタイミング」なんだなと思います。

3月11日(金) ハンカチを出すときに落としたのかもさっきまでたしかにあった憂鬱 岡野大嗣

春めいてきて、気持ちも上向きです。憂鬱をずっと感じていたのに、気づいたら心が軽くなっていた、ということもありますよね。それを、ハンカチ出すときに憂鬱を落としたのかも、と考える作者の発想に「やられたー」と思いました。手を洗った時に? 汗を拭こうとした時に? ハンカチをポケットから出した時にこぼれ落ちていった悩みの種、鬱々とした思い…解決させようと躍起になるより、こうやって「あ、明るい気持ちになれた」と思えるのがいいですね。

2021年4月の始業式の日から始めた「小さな白板」も、18日の終業式で一区切り。最後の週はどんな歌や言葉を紹介しましょうか…。あ、最終回ではないですよ。もちろん、春休みや来年度も続けていきたいなと思いますので、どうぞよろしくお願いします。