いだてん最高じゃんねえ

暮れは忙しいので、テレビの前に座っている暇はありません。
今日も、午後は外出、用事をいろいろ済ませました。
車のテレビで「いだてん」総集編を所々懐かしみつつ…。
今年の大河ドラマ「いだてん」は、オリンピックをめぐる二人の人物が、前半・後半でそれぞれ主人公となって日本の近・現代史を紡ぎました。
前半の主人公「金栗四三」さんは、熊本出身のマラソンランナー。
日本人として初めて五輪選手となった人でした。
彼の出場したのは、1912年のストックホルム五輪。
西遠が創立されたのが1906年ですから、それより少し後の話です。
後半の主人公は「田畑政治」さん。
浜松出身で、東京オリンピック開催に尽力した方です。
お恥ずかしい話ですが、私は主人公お二人を全く知りませんでした。
しかも、地元浜松は全く盛り上がらない…。
しかし、視聴率の低迷とは裏腹に、宮藤官九郎さんの脚本は、派手で忙しくてけたたましいけれど、全部が一本の線でつながっていく、たくましく見どころたっぷりなストーリーでした。
散らかしたように出てくる登場人物が、どんどん魅力的になっていく。
五輪礼賛かと思いきや、戦争と五輪、政治と五輪を描き切る。
その心意気と、その裏にある膨大な資料の読み解きに、一視聴者として感服しました。
#いだてん最高じゃんねえ の賛辞は、遠州弁全開のトレンドになりました。
田畑政治さんの出身小学校を訪ねた時、校長先生がおっしゃった「彼は挫折ばかりの人生だった。それがいいですねえ。諦めない心を子どもたちに伝えています。」という言葉が忘れられません。
田畑まあちゃんの挫折は、水泳選手を諦め、1940年の東京五輪を諦め、遂にやってきた戦後の東京五輪の組織委員会の事務総長の座を追われ、と続きます。
こうした挫折の人生にも負けずに東京五輪を成功させた『縁の下の力持ち』の情熱と底力を、今年の大河ドラマで教えてもらいました。
浜松の小学生たちも、このドラマを通じて不屈の精神を心に刻んだのではないでしょうか。
ドラマには、他にも挫折した人物がたくさん出てきます。
前半の主人公の金栗さんも、マラソンの当時の世界記録を持っていながら、ストックホルム五輪ではマラソンを完走できず、次のベルリン五輪は第一次世界大戦で中止、やっと2度目の参加を果たした1920年のアントワープ五輪でも16位で入賞ならず、パリ五輪は途中棄権、と、「英雄」にはなれませんでした。
日本での彼の知名度の低さも、メダリストになれなかったからかもしれません。
しかし、彼はストックホルムでは有名でした。
「いだてん」最終回では実際の金栗氏が1967年のストックホルムオリンピック開催55周年記念式典に招かれ、ゴールテープを切る姿が映されました。
レース中に行方不明になった青年は、実に54年と8ヶ月6日5時間32分20秒3という記録を残してオリンピックのゴールテープを切ったのです。
ドラマで一年間一緒に駆け抜けた(!)視聴者には、涙涙の最終回でした。
2020年はオリンピックイヤー。
浮き立つ気持ちの前に、こうした五輪の歴史を知ることこそ、オリンピックイヤー前年にふさわしかったと、改めて思います。
いだてん、最高じゃんねえ!
一年間素敵なドラマをありがとう!!

今日のテレビ欄、縦読みがステキなプレゼントになっていました!