小さな白板2026 第14週

令和8年度がスタートし、6学年が揃って登校した第14週。中学入学式もありました。今週の白板は「さくら」特集です。

島楓果さんの歌集「すべてのものは優しさをもつ」より。昨年12月に開架した「木下龍也図書」の一冊です。季節が巡ってこないうちは、もしかしたらこの木が桜だと気づかないこともあるでしょう。でも、いったん、あ、桜だ!と認識してからは毎日、毎年、桜は私たちに美しいその姿を見せてくれるのです。気づくまで待ってくれる自然のおおらかさ。ちっちゃいな、人間、と思います。

この短歌に「さくら」という文字は出てきていません。けれど、これは絶対、桜だよね…と想像できる短歌ですね。雨上がりの道に桜の花びらが舞い散っていたり、車のフロントガラスに花びらが一枚付いていたり、春風のいたずらに微笑してしまう季節です。

中学入学式当日の白板は、お祝いムードがある短歌がいいなと思ってこの歌を書きました。まさに4月は「祝福があふれる季節」、トラックは引っ越しの荷物や新生活の期待を乗せて走ります。「桜を浴びて走れり」という表現に、にっこりとその光景を想像してしまいますね。

桜は単に春の華やぎや祝福を伝えるためだけに歌われるわけではありません。恋の歌にも登場しますし、めぐりくる春に年齢を重ね、やがて人生を想う日も来ます。
桜並木を歩きながら、花を見上げ、順風満帆ではなかった人生を振り返る…。「春を端から端まで歩く」という表現が、作者が今、人生を楽しもうとしているように感じられて、何だかほっとするのです。

桜は別れにも歌われる花です。この歌は永遠の別れの瞬間を歌っているのでしょうか。
「あえかなり」は、はかなげであることを言い、蒼然と降る桜というと、静けさ、寂しさを伴った風景に感じられます。「あえかなる息」の「きみ」はまっすぐに「吾」を見ている。そんな「きみ」を「吾」はただただ見つめている…。
この短歌について、三枝浩樹さんはこう解説しています。

臨終まぢかな「きみ」と「きみ」を見守る「吾」、二人の心象をかきくらし、遮るように「蒼然と桜」の花が舞い散る。

   「短歌研究」2024年11月号p76より

愛する人との永遠の別れを目の前にした、声にならない慟哭を感じる短歌です。

桜にはいろいろな風景や物語がありますね。皆さんには桜にどんな思い出の瞬間がありますか?