私のセレンディピティ

この夏、私は二人の方から同じ映画を薦められました。
「山本慈照 望郷の鐘 満蒙開拓団の落日」
という映画です。
最初にこの映画の存在を教えてくださったのが、
殉難学徒慰霊式にお手紙をくださった橋本みつ様でした。
8月15日に西遠を訪問してくださった橋本さんから、
「この映画、とても良かったのよ。先生も機会があったらぜひ見てほしい!」
とパンフレットをいただきました。
東京での上映はあっても、浜松で見られるチャンスがあるかしら、と思っていたところ、
今度は、17回卒業生の﨑たえ子さんから大きな封筒が届きました。
開けると、中から出てきたのが、
同じ「望郷の鐘」のパンフレットだったのです。
雄踏地区でグループ「映像とわたし」の活動をされている﨑さんが、
「雄踏映画会」の最終回としてこの映画を上映するので、
試写会にいらしてください!とお手紙をくださったのでした。
同じ映画をこんな短い期間にお二人の方に薦めていただいた。
しかも、お二人とも西遠の関係者です。
こういうことを「セレンディピティ」と言うのだ、と教えられました。
素敵な偶然…。
これは行くしかない!と思い、
今夜、雄踏文化センターでの試写会にお邪魔したのでした。

少し早く着いた会場で、﨑さんご夫妻とお話することができました。
上映の準備を引きうける旦那様、明るくて気さくなたえ子さん。
素敵なお二人、絶妙のコンビです。
そして、20回卒業生で放送委員会の先輩 堤腰さんとも出会うことができました。
朗読の活動をされている先輩です。
まさに、セレンディピティ!
映画は、中国残留孤児の帰国のために生涯をささげた
長野県の住職 山本慈照さんを主人公にしたものでした。
メガホンを取ったのは、83歳になる山田火砂子さんという女性監督。
主演は、この間まで「花燃ゆ」で椋梨藤太役を演じていた内藤剛志さん。
平和への思いが詰まった映画でした。
1945年の5月、敗戦の色も濃いこの時期に、
満州に渡った人々がいたなんて、私も全く知りませんでした。
国策で、いわば騙されて海を渡り、ソ連軍の侵攻に必死に逃げ惑った開拓団の人々。
山本さんはシベリアに抑留され、妻子と離れ離れになってしまいました。
2年後、奇跡的に帰国できた山本さんは、妻子が日本に帰れなかったと知らされ、愕然とします。
その日から、彼は、地元 長野県阿智村から満蒙開拓団に加わった人々の消息を訪ね、
「阿智村 死没者名簿」を完成させる中、
中国に残され、生きている子どもたちがいることを知り、
今度は彼らの帰国のために尽力するのです・・・。
映画を見ながら、私は「大地の子」を思い出していました。
山崎豊子さんの「大地の子」を読み、
その2年後にNHKで「大地の子」が放送され、家族で見ました。
ドラマは大きな反響を呼びました。
毎週土曜に放映され、月曜には生徒たちが
「泣けた!」「陸一心、かわいそう!」
と感想を言い合っていたものでした。
「大地の子」の主人公一家は長野から満州にわたっています。
山本慈照さんをモデルにしたと思われる人物も、ドラマの中に登場しました。
80年代、NHKでは、来日した中国残留孤児の方々が肉親を捜す番組がよく放送されていました。
こんなに中国に置いてこられた子どもたちがいたのか・・・と思ったものです。
テレビでこうした番組が放映されるようになるまでには、
実は、山本さんをはじめとして草の根で頑張ってこられた方々がいた、
そしてその方々が本当にご苦労をされた上で、このような番組が実現したのだと、映画を見て実感しました。
この映画は、11月3日に「雄踏映画会」(最終回)として、上映されます。
優れた映画を紹介する活動を、西遠の先輩が頑張ってこられたこと、
そこに、また西遠の先輩も協力していること。
今日は、試写会に参加できてとても幸せでした。
橋本さんに教えていただいて始まったこの映画への関心、
そこから広がった絆。
素敵な偶然を、しみじみ味わっています。
雄踏映画会
「山本慈照 望郷の鐘 満蒙開拓団の落日」
11月3日(火・祝) 13:30開場 14:00開演

どうぞ、たくさんの皆さんに、この映画をご覧いただけますように。
ドラマ「大地の子」が再放送されるという情報も入っています。
これも、素敵な偶然!
セレンディピティです。
10月10日より毎週土曜の18時から、BSプレミアムで放送されるそうです。
全11回。
こちらもどうぞご覧ください。
ハンカチ、いいえ、タオルを持って見ないといけない作品です。
平和を願う心が、若い人々にも広がることを願います。