校歌に秘められた物語

西遠は、隔週土曜に登校します。土曜日は、教科の授業はありません。「土曜プログラム」と呼ばれる「総合的探究」「総合的学習」そして「学級指導」「学年集会」などが土曜日のメニューなのです。月~金曜にかけて「確かな学力」をつける授業が行われ、土曜日には、「豊かな人間性」や「世界で生きる力」をつけるための西遠オリジナルのプログラムが展開される、というわけです。

令和3年度初めての土曜日は、前期役員認証式と全校講堂朝会から始まりました。

最初に行われたのが、役員認証式です。生徒会長から姉妹リーダーまでクラスや学校を支える「前期役員」が全員起立し、代表として登壇した中学・高校生徒会長に、私から「役員任命書」を手渡ししました。

役員認証式に引き続き、今年度最初の「講堂朝会」となりました。校歌斉唱のあと、「学校長訓話」として、今日は二つのお話をしました。

1つ目は、役員認証式に関連して、役員に選ばれた人、役員を選んだ人の果たすべき「責任」について。生徒会の活動は講堂朝会のあとの生徒総会で決定されること、 その生徒総会に会員としてどう臨むべきか、などをお話しました。背すじを伸ばして真剣に聞き入ってくれる生徒の皆さんの姿が、とても頼もしく見えました。

2つ目に話したのは、西遠の「校歌」のお話です。本題に入る前に、私は3冊の本を紹介しました。

1冊目は手元にある生徒がほとんどだと思います。入学時に配布する「110周年記念誌」です。そこには110年の西遠の歴史が刻まれています。

2冊目は、私が高校1年生の時に配布された「70周年記念誌」。かつての私の愛読書(!)です。西遠に関する情報が詰まっていて、何度も読み返したことを覚えています。

そして3冊目は、岡本富郎著「黄金の鋲(こがねのびょう)」という本です。

70周年のお祝いに記念誌と共に配布された、この分厚い「黄金の鋲」は、先代学園長の岡本富郎先生が、格調高く筆を進められた随筆集です。今日は、この本の中の「友情の人 ~母校の校歌と安部忠三君」のくだりを全校の皆さんに紹介しました。生徒の皆さんには、まず生徒手帳を開いて、校歌の書かれたページを開いてもらいました。この「我らの母校」という校歌の作詞者が、岡本富郎先生の旧制高校時代からの大親友 安部忠三さんなのです。

生徒手帳を開く生徒たち。

西遠の校歌を初めて聞いたとき、誰もが短調の物悲しい旋律に驚いた覚えがあるでしょう。その校歌が誕生した裏には、富郎先生と安部忠三さんの「友情」があったのでした。

富郎先生は、かねてから校歌に或る思いを抱いていました。

学園の校歌は叙情的で、そこには教育の理想も、高遠な建学の精神も歌われていない。他の一般の校歌という概念からすれば、何かものたりない感のすることは否めないかもしれない。それは、私が旧制高校時代の寮歌をこよなく愛し、今でも、独り静かに口ずさみ、時につけ折に触れて旧友と歌い、遠く青春の時代に思いを馳せる。そんなことで、私は、かねがね、校歌的なものよりも寮歌的なものこそ、青春の思い出にふさわしいのだと思っていた。校歌の堅苦しい型を破って、卒業後も、独り静かに、口ずさみ、在りし日を懐募する寮歌的な抒情詩が欲しかった。

                             岡本富郎著「黄金の鋲」より「友情の人」抜粋

そんな富郎先生の願いに応えたのが、旧制高校時代を共に過ごし、「寮歌を高唱しながら颯爽と寒風をついて」闊歩していた安部忠三さんだったのでした。富郎先生が、西遠の教壇に立って一年ほど経った晩春の頃、詩人として歩む安部忠三さんが大阪から訪ねてきて、数日間滞在したのだそうです。

晩春の夕、二人は天竜の川畔を、そぞろ歩きをしていた時のことであった。私が、かねがね念願の寮歌の作詞を、依頼していたことを思いだしたのだろうか、それはいわゆる校歌的型式のものでなく、卒業後、家庭の台所で立働きながらでも、数名の友が集ったときでも、また孤独の寂しさにたえかねた折でも、若き日を偲び自然と口ずさみ、合唱できるような叙情的な詩型を望んでいたことを、安部君は忘れていなかったのだろう。私たち二人は語る言葉もなく、月の光が、しらじらと天竜の川面にきらめくのを眺めながら、堤防に腰をかけていた。その時である。安部君に詩情が湧いたのか、土堤の草原に横ばいながら紙片にさらさらと、寮歌の粗稿をしたため、やがて帰宅後、その夜、遅くまで、推敲に推敲を重ねて、一夜で書き上げたのが、現在の学園の校歌である。それは、若い詩人らしい感傷的な美しい言葉であり、したしみやすい詩であった。私は深い感動にうたれ、そしてその友情に感謝した。私はこの親友の友情をとこしえに残したいと思い、はじめは寮歌として作成したのを、私が昭和七年、学園の校長に就任した時から、校歌として採用することにした。

                             岡本富郎著「黄金の鋲」より「友情の人」抜粋
本館玄関に飾られた校歌(第36回卒 就職生による共同作品)

西遠の校歌が短調であった理由も、1番が夜の光景であることも、このエピソードを知れば合点がいきますね。校歌を歌う時、そこに富郎先生と親友との深い友情があることを、これからぜひ思い浮かべて歌ってほしい…そんな思いを込めて、今日のお話を終わりました。

講堂朝会前半の話を受けて行われた2時間目の中学生徒総会、3時間目の高校生徒総会については、改めてご報告します。