第118回創立記念式

本日3月3日は桃の節句、西遠女子学園の創立記念日です。記念日がちょうど日曜になったため、学園では昨日「第118回創立記念式」を挙行いたしました。

西遠女子学園は、明治39(1906)年、岡本巌先生と奥様の欽先生が、「婦人の中に未来の人は眠れり」の建学の精神のもとに浜松の地に誕生した女子校です。学園の118歳の記念日を全校でお祝いしました。

創立記念式は、西遠の歴史を映像で振り返るところから始まります。創立110周年の年にお祝いとしてPTAの皆様からご寄贈いただいた15分の番組が、今年も講堂のスクリーンで上映されました。

映像で学園の歴史を振り返り、私は身の引き締まる思いで式辞を述べました。今年、私が皆さんにお話したのは、「学園の歴史と伝統」という岡本富郎先生のお言葉とその意味についてです。この言葉は、生徒たちが毎日通る図書館下の壁に掲げられています。

富郎先生は、「学園の歴史と伝統」を、教師と生徒の「行動の記録」であり、生徒一人ひとりの「青春の物語」であり、「生きる指針」であるとしました。そして、その歴史と伝統の上に立って、「建学の精神」に基づき、現実を直視し、育て、改造し、変革する「不断の努力」によって、学園の未来が築かれると述べています。

私は富郎先生のこの言葉を紹介したうえで、発行されたばかりの学校誌「友情」301号の巻頭言について触れました。校則を更新したことがどういう意味を持つのか、今一度、生徒の皆さんや先生方に考えてほしかったからです。「友情」301号の巻頭言に私は「乙女たちよ、エレガントたれ」という文章を寄せました。その一部を抜粋します。

≪学校におけるルールを全て文言で示し、「校則」として定めることなど到底不可能であり、無意味である。世の中では、「分かりやすいこと」が要求されがちだが、「書かれていないことは分からないからきちんと文言で指示してください」などという要求は、考える姿勢を自ら放棄したものでしかない。文言に示されていなくとも、人の道としてその行為はふさわしいのかを私たちは、面倒臭がらずに常に考えていかなくてはならないのである。何でもすっきりさせてストレスのない生活を送る道と、もやもやしたものを皆で抱えながら話し合い、高め合って、よりよい道を模索していく道の二つがあるとすれば、校則を更新した西遠が選んだ道は、もちろん後者であり、より高度な道である。
規則の根底には「道徳」「倫理」がある。それは、学校で言えば、校則の根底にある「校訓」であり、「目標」「学園の言葉」であろう。「典雅 荘重」「強く 正しく 美しく」は、間違いなく西遠生の指針である。≫

昨年の創立記念式で「生徒の皆さん、エレガントであってください」と呼びかけたことを、私は今年の式で壇上から再び呼びかけました。そして、一つの短歌を紹介しました。朝日歌壇1月8日に出会った太田千鶴子さんの「半紙折るように畳に手を置いてなんてきれいなおじぎするひと」という短歌です。この短歌は、この日の「小さな白板」にも書きましたので、明日のブログで改めて紹介します。

記念式では、いつもPTAと同窓会の代表の皆様をご来賓としてお茉奈記しています。両会長様よりご祝辞をいただきました。

PTA会長の杢屋様からは。「歴史の中の一人として、歴史を自覚することが大事である。ぼんやりしていると気づかないものであり、一人一人の歴史として日々を刻んでほしい」というお話をいただきました。

同窓会長の二橋様は、「歌」と「言葉」について取り上げられ、「美しい言葉には美しい魂が宿る」という故谷村新司さんの言葉が紹介されました。そして、言葉は発することで生きたものになる、「言霊(ことだま)」ということを覚えておいてほしいというお話をいただきました。

お二人のメッセージは、「教師と生徒の不断の日常生活」をいかなる姿勢で過ごしていくのかを深く考えさせるものでした。118年という歴史の上に、私たちは漫然と生きることがあってはならないと思います。

生徒代表による「誓いの言葉」には、そのひとつの答えがありました。「鋼の玉を真綿でくるんだ女性を目指すことをお誓いいたします」という結びは、大変力強く響きました。

学園のお誕生日に対するお祝いの華やぎの中で、私たちは、学園の歴史と伝統と、学園の未来を「普段の日常生活」の中から育んでいけるよう、改めて心に刻みます。さあ、118歳を迎えた学園で、新たな歴史と伝統を作っていきましょう。これをお読みの皆様、ご理解とご支援、厳しくも温かいお励ましを、これからもどうぞ宜しくお願い致します。